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人は見かけによらない〜ある苦手な若い社員の話〜

ぼくは話す言葉が刺々しい人がどうも苦手だ。

会社の若い社員たちの中にもそんな人がいる。

それはそれで仕方がない。

いろんなタイプの人間の集団だ。

会社は性格を基に社員を選んでいる訳ではない。

だが、どうしても柔和な若い社員とは話がしやすい。

ぼくの話をしっかり聞く姿勢を見せてくれるし、何よりもぼくを立てようとしてくれる。

苦手な若い社員は、自己主張が強くてどうしても話しのリズムが合わない。

そう、彼らは二、三球ほど会話のキャッチボールをしたら返球してこない。


ぼくらの会社では、災害時になると緊急対策が必要になる仕事をしている。

当然だが対策チームが結成されて、現場に急行することになる。

ある冬の日のことだ。

寒波襲来による積雪の影響で、事故発生防止のための緊急体制構築が発令された。

ぼくを含めた4人が対策チームとして編成され、ぼくが責任者として現場に急行した。

他の3名は皆20歳代、その中の一人にぼくが苦手とするタイプの社員がいた。

口の利き方は横柄で、ぼくの指示にどこか不満げな態度を見せる。

彼だけ会話のキャッチボールが弾まない。

どうもこのタイプは扱いにくい。

しかし、そんなことに構っている場合ではない。

気象予報の通り、雪は夜が深まるほど勢力を増していった。

現場一面に積もった雪は、暗闇を白く照らしていた。

外の気温は氷点下。

人間が外で作業をするには30分が限界だ。

ぼくらは30分交代で一人ずつ作業を行うことにした。

交代の対策チームが現場にやってくる翌日の朝までには、まだ6時間もある。

それまではこの4人で乗り切らなければならない。

最初に誰が行くか、当然だが責任者のぼくに決まっている。

ところがそうではなくなった。

"責任者のあなたは体力を温存しておいてください。ぼくが最初に行きます"

そう言ったのはあの苦手な社員だった。

彼はぼくに有無を言わさず、防寒着を着込むと、極寒の現場へと飛び出していった。

チームの士気があがる。

氷点下に30分も体を晒していると、いくら防寒着を着ていても体の芯から冷える。

簡単には回復させられない。

さらに睡魔が追撃してくる。

しかし、ぼくらは何とか耐え切って、事故なく翌朝を迎えることができた。

彼のおかげだ。

ぼくは見た目だけで "どうせ苦手なタイプに決まっている" と勝手にレッテルを張っていた。

自分の行動でチームを鼓舞する、そんな精神を持った若い社員は何人いても多過ぎることはない。

それにこんな緊急時には、会話のキャッチボールは必要ない。


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鈴々堂/rinrin_dou@昭真
小説を読んでいただきありがとうございます。鈴々堂プロジェクトに興味を持ってサポートいただけましたらうれしいです。夫婦で夢をかなえる一歩にしたいです。よろしくお願いします。