【掌編小説】降下する雲に愛を込めて
雲が低い。
地面から50mくらいの高さにある。
野球のボールを上向に全力で投げたら、届きそうな高さだ。
こんな現象が起きるようになったのは最近のことだ。
雲は上昇気流によって発生する。
だから空の高いところにあって不思議はないのだが、これは一体何の異常現象なのだろうか。
このところ世界中のあちこちで地震が起きているようだが、何か関係があるのか。
いや、地震と雲なんてどう考えても関係がありそうもない。
この現象はぼくが住んでいる街だけじゃない、世界中で起こっている。
しかし、ニュースによれば、まだ雲に飲み込まれた都市はないらしい。
政府もやっと大学の教授らに依頼して調査を開始し始めたようだ。
世間もこの現象について騒ぎだしたから、ぼくは毎日空を見上げる習慣ができてしまった。
そこで気が付いたのだが、地面と雲の距離が空を見るたびに少しずつ、少しずつ近づいてきている。
確実に距離を縮めている。
飛行機に乗った時に雲を間近で見ることがある。
それに飛行機が雲の中に突入した時は、あまりいい気持ちにはならない。
それまで下界の風景を眺めながら開放感に浸っていたのに、急に視界が閉ざされて狭い飛行機の中にいることを思い知らさせる。
突然襲ってくるあの閉塞感がぼくは苦手だ。
もしあの雲が地上まで降りてきたら、霧の中にいるのと同じになる。
そんなことが数日おきに起きるなんて、ちょっと勘弁して欲しい。
そもそも何故空に浮かんでいるはずの雲が、地上に降りてくるのだろうか。
温暖化のせいで雲が空気より重くなったのだろうか。
いや、温暖化と雲の重さはどう考えても関係がない。
政府の発表はまだ何もないが、人々の関心は募るばかりだった。
国民の関心事はさて置き、政府は国民の生活の安定を確保しなければならない。
天候が曇りになったら、交通機能に与える影響が甚大だ。
自動車が走れなくなる。
鉄道も視界がない中で走らなければならない。
そうだ、天候が晴れの日以外は、だれも何の仕事もできなくなる。
経済に与える影響は計り知れない。
政府は何としても雲の降下の原因を追求するだけではなく、雲が地表を覆ってしまった時の対策も同時に講じなければならない。
おそらく関係者は昼夜なく対策に追い回されているのだろう。
どこかの企業は、お気楽なことに雲が地上に降りてきた時の対応グッズをいち早く販売しようとしていた。
自動車が使えないなら、人々の移動手段はもっぱら自転車になる。
フォグランプを改良して、光がなるべく遠くまで届く、自転車用ライトの販売を開始するらしい。
生活用品の物流を止めることはできない。
政府は曇りの日は交通を遮断し、物流を担うトラックだけを走行させる提案を打ち出した。
危険な輸送になるが政府は運送会社に協力を要請した。
運送会社はこぞって手を挙げた。
いくらホワイトアウトの中を走ると言っても、道路上は自分たちのトラックしかいない。
運送会社にとっては願ったり叶ったりの仕事だ。
そうやって、雲が地上まで降下した時の対策が着々と進められ、人々は安心とまではいかないが、生活は確保されるのだと思い込んでいた。
やっと雲の降下について政府からの発表があった。
見解がまとまるまで、なんと3ヶ月もかかっていた。
このテレビ放送は世界で同時に行われることになった。
「これまで政府は雲が降下しているとの見解を示し、国民の皆様もその認識をされていたことと思います。しかし、それは大きな間違いでした。雲は降下していません。地上が隆起している、いや正確に申し上げますと、地球が膨張しているのです」
政府からのプレス発表は、人々の予想を覆すどころか、恐怖のどん底へ突き落とすものだった。
「国民の皆様、よくお聞きください。地球は、我々の愛すべきこの星は、このまま膨張を続け、あと数日後に地殻変動を伴って、大爆発と共に宇宙の塵と化します。もう誰にも止められません。国民の皆様、私たちは地球最後の人類となります。どうか、どうか最後の時を静かに待ちましょう」
皮肉なことだ。
人類は雲の中で生きていく術を探してきたのに、そんなことをする必要なんて何もなかった。
もう地球と地球上の全てが消えてなくなる。
ぼくらは諦めて覚悟を決めるしかないようだ。
しかし、最後の時くらい晴れていて欲しいものだ