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エッセイ「感覚」11.鼻を突く

 鼻が痛くてたまらない、どうしても受け入れ難い匂い。それを世の多くの人は「芳しい香り」「心地よい香り」と言い、毎日のように好んで摂取するらしい。そう、コーヒーである。
 一歩街へと足を向ければ、そこかしこにカフェや喫茶店があり、コーヒーの香りを漂わせている。それを感じる度に「おっと、息を止めなければ」と鼻で息をするのを止める。そして無事に通り過ぎたことを確認し、やっと鼻を解放する。朝食にコップ一杯のコーヒーを、通勤通学時に一本のコーヒーを、仕事中にカフェで一杯のコーヒーを、就寝時に最後一杯のコーヒーを。コーヒーはこれでもかというほど、日々の生活にあふれかえっている。
 自分が飲まなければ良いというだけの話ではないのだ。最大限気をつけていなければ、目の前の人が突然コーヒーを飲み始めてしまうかもしれない。なぜそんなにコーヒーに対して警戒心を強めているのかと聞かれれば、答えは一つ。あの独特な香りだ。苦味や酸味を感じさせる、カフェインの香り。あれが私の脳内で”毒々しい茶色”に変換され、香りが届く頃には鼻のシャッターは降りてしまっているというわけだ。兎にも角にもあのツンとした鼻の奥を突く香りと仲良くなる方法が見つからない。

 甘いスイーツとともに。そう言ってコーヒーブレイクを楽しむ。実にお洒落で大人らしい時間の過ごし方だろう。オフィスでシャキッとしたスーツを身に纏ってコーヒーを嗜む姿なんかも、かつて憧れたかっこいい大人の姿。いずれはそういう"大人"になれるだろうと思っていたが、ところがどっこい、そう簡単になれるものではないらしい。
 味を知ればこの香りの良さにも気づけるかも知れないと、幾度となく挑戦してきた。ブラックも試し、たまにちょっぴりお砂糖も入れてみたりした。仕事でどうしても飲まざるを得ない場面もあるし、眠気覚ましに良いからと深夜に手を伸ばしたこともある。けれど、やっぱり上手くいかないのだ。
 結局、甘いものも苦手で食べられず、コーヒーは香りに耐えられなくて飲めず。ああ、ああ、鼻が痛い。全くもって太刀打ちできない。残念無念、完敗である。


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