短編小説「約束の紙飛行機」
静寂と夕焼けの光に包まれた放課後の教室で、僕は黙々と紙飛行機を折っていた。
「またやってるの?」
そこには同じクラスの夏美が立っていた。気だるそうにこちらを見ている。
「うん。これが落ち着くんだよね」僕は出来上がった紙飛行機を彼女に渡した。
「紙飛行機って意外と奥が深いんだ。ほら、折り方一つで飛び方も変わるし」
夏美は紙飛行機に目をやり、静かに放った。それは一瞬宙を舞い、そして、力無く落ちた。
「イマイチね」肩をすくめてそう言った彼女は、僕の机に近づき作りかけの紙飛行機を眺めた。
「こんなに作って。小学生みたいじゃない?」
「そうだな、なんて言ったらいいかな」僕は静かに話し始めた。
祖父の部屋はいつも紙の香りがしていた。襖を開けると、折り紙が美しく並べられた棚があった。鶴、花、船、兜———。その中でも僕は、棚の奥にある一つの紙飛行機に興味津々だった。
「おじいちゃん、あの紙飛行機で遊びたい」
幼い頃、祖父の部屋へ行くたびに訴えた。
「すまないね、あれだけはだめだよ」
「どうして?」
「どうしてもだ」彼の答えはいつも同じだった。
その答えがわからないまま、昨年、祖父は突然この世を去った。
遺品整理をしていると、棚にあの紙飛行機があるのを見つけた。僕は取り憑かれたようにそれを手に取った。翼に何か書いてある。僕はそっと開いた。間違いなく祖父の筆跡だ。
『この紙飛行機は、おばあちゃんと飛ばそうと約束をしたものだ。元気になったらねと。だけど約束は果たせなかった。病院に持って行って一緒に飛ばせばよかったと後悔している。その約束に囚われて、俊哉、君と遊ばなかったこともだ。すまなかった。』
「寂しいね」夏美がそっと呟いた。
「だから僕は毎日、紙飛行機を折っている。天国で二人が一緒に飛ばす紙飛行機が必要だろう?それにおじいちゃんの後悔も晴れるかなって」僕は次の紙飛行機を折りながら言った。「馬鹿みたいだな……」
「そんなことない」突然夏美が大真面目な顔をして言った。
「私も一緒に飛ばしてあげる。二人ならもっと遠くまで飛ぶでしょ?」
僕は彼女の顔を見た。
「紙飛行機折れるの?」
「それくらいできるって!」
僕たちは紙飛行機を折り始めた。やはり夏美は不器用で随分と不恰好だったが、なんとか形になった。
「どう?いい感じでしょ?」
「うん、悪くない。じゃあ飛ばしてみようか」
窓を開け、僕たちは並んで紙飛行機を手に持った。
「せーの!」
二つの紙飛行機は近くを旋回したあと、風に乗って、空高く舞い上がった。
「すごい!あんなに遠くまで飛ぶんだね」夏美が嬉しそうに言う。
彼女の顔を見て、僕もつられて笑う。
「これからも飛ばそうよ。私も手伝うから」
「ありがとな」
茜色の空を前に、僕は静かに誓った。いつかきっと、祖父と紙飛行機を飛ばせる日が来るだろう。でもそれまでは、この新しい約束を大事にしようと。
二人の紙飛行機が、ずっと遠くで、小さく煌めいた。
(本文 1,200字)
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