なりたかった自分、

やってしまった。

いまはまだそう思っている。2週間ほど前に仕事を辞めた。転職してまだ数ヶ月。理想の業界だと、天職だと思って入社した。

元々言葉が好きだった。大学生の頃はアナウンサーになりたくてテレビ局のアナウンススクールに通ってインターンシップにも参加した。本棚には伝える、伝わる、言葉の力、のような本ばかりある。

アナウンサー試験に失敗して入社したのは商社の事務職。3年ほど働いた。

こんなところで終わるはずがないと躍起になって転職して大手の広告代理店に入社。同期入社も多く、上司先輩出会う人全員がやる気に満ち、自分に何が出来るのか社会に会社に貢献できるのかを意気揚々と語る人が多い。

自己紹介はこんなトンチキ経験あります発表会のように感じて少し温度差が生まれた。元来変わったことをしている人にあまり興味がない。海外で学校を立てました、こんな資格持ってます、実は昔ワルでした、、、そんなものよりも、毎日応接室の机を拭いています、お花の水を変えています、社内の人みんなの好物言えます、とか。

そういう毎日の習慣とか、見ようとしないと見えないパーソナルな部分に惹かれる。どうして毎日それをしようと思ったんだろう、応接室の机拭きなら、埃が気になる人なのかな、応接室を一番使う人なのかな、誰もやる人がいないから仕方なく?大谷翔平くんみたいに運を拾ってる(大谷くんはゴミ拾いを必ずするそうで、理由は「運を拾っているんです」と言っているのを何かのインタビューで見ました)のかな?

そういう部分から相手のことを知りたい、知ることができると思う。

まあそれは自己紹介の話。これからここでやっていくんだ、会社の人と仲良くなれたらいいな。成果出して楽しく仕事できたらいいな。そんな期待で胸がいっぱいだった。

すぐだった。

研修が終わりチームに配属されて一週間。

あれ、帰れない。定時は18時なのに20時前に上がれた日がないな。まあでも最初はそんなものか。覚えることも多いし同期もみんな頑張ってる。そういうものだ。

嬉しいことに同期入社で一番早く受注をもらった。みんな喜んでくれておめでとう!と言われて、営業の楽しみを存分に味わった。でも広告業界、ここからが大変。上司に教わりながらその先を進めていくもののわからない、難しい、他に頼っていい人がわからない。20時どころじゃ終われない、気づいたら22時。明日も朝7時から働かないとどうにもならない。

わからないことばかりだけど、上司に質問すると必ず逆質問が返ってくる。どうしよう、わからないけど自分でなんとかしてからじゃないと質問できないな。そう思っていた矢先、

「この件なんの相談もないけど出来てるの?」

「普通そっちから聞いてこなきゃダメだよね」

仰る通り、はいごめんなさい。

思えばずっと緊張していた。質問すると「これ前も言ったよね」「ここに書いてあるよね」

そうですね、すみません。と言う度に私は何にもできない、簡単なことすら覚えられない人間だと思った。そんな折他の同期たちも受注が取れてきた。おかしいなと思ったのはその頃。

私が研修でやったでしょ?と突っぱねられて教えてもらえなかった業務フローを1から10まで教わってる。同じチームの子もそう、あの上司から。

モヤッとした。暗い気持ちが止まらなくなった。慣れれば大丈夫、一人前になれば楽しくなるはず。そう思って一時は踏みとどまった。強くなるんだと頑張るんだと思って無理に明るく振る舞ったり、トンチキなことを言ってみたり。

あとから悲しくなった。自分ではなかった。なりたかった自分でもなかった。

お腹が痛くなってご飯が食べられなくなった。食べられない、と言うよりは食べなくても平気、食べる必要性を感じないし楽しいとも感じず食べてる時間が勿体ない。

食の次は睡眠。夜は疲れてるからかすぐに眠りにつける。毎夜夢を見て2時間置きに起きる。夢はいつも仕事のことだった。

土日にも外に出るのが億劫になった。ビジネス系の動画を見なきゃいけないという強迫観念があった。成果が出なかった週はもうどうしようもなく落ち込んだ。

そんなふうに過ごしてたら、無理ですって言う前に身体が悲鳴を上げた。熱と下痢で仕事を休んだ。休んだらすぐに治った。

治ったけれど、もう仕事と共存していこうとは思わなくなった。次の出社日に上長に辞めさせてくださいと伝えて、最短で辞めさせてもらった。


あーあ、ってもちろん思った。

こんなところで終わるはずじゃなかった私。若くしてマネージャーとか憧れてたんだけどな。

でも今、ご飯が美味しい。よく眠れる。やりたいことをたくさん思い出した。

いまわかる、なりたかった私はこっちの私だ。

以前のなりたかった自分に続きをつけて、未来を見たくて

なりたかった自分、

点のその先にどんな言葉を紡ごうか。






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