ショートショート:おばけやしき【2654文字】
最近、流行っている新しいスタイルのお化け屋敷がある。
それは、中古の空き家を丸ごと一軒、お化け屋敷に改装してしまう、というものだ。
その家の中で、おどろおどろしく装飾された各部屋をまわり、お化け役の人間に驚かせられて、怖がって、出てくる。
それが、空き家お化け屋敷だ。
アミューズメントパークなどにあるお化け屋敷より断然規模は小さいが、何といっても本物の空き家を使っているからリアリティがある。
そのリアルさが、流行っている理由のようだ。
私はそんなお化け屋敷を運営している会社でアルバイトをしている。
お客様と待ち合わせをして、その空き家お化け屋敷まで案内するのが、私の仕事である。
今日のお客様は若い女性たちだ。
夕暮れの時間。私は待ち合わせのところから演出を始める。
長い黒髪をダラーと垂らし、暗い声で言う。
「お客様。本日は遠いところありがとうございます。今日ご案内する物件はこちらでございます」
ここは笑わないように気を付けなければならない。雰囲気作りが大事なのだ。
女性たちはキャーキャー言いながら身を寄せ合って、まだ始まったばかりのお化け屋敷ツアーを楽しんでいる。
私は空き家の前まで案内する。
空き家の庭は草がボウボウで、表札は斜めに傾いている。
いかにも「ボロ家」といった風情。これらも全て演出だ。
私は女性たちに紙を1枚渡す。それは家の間取りのようなもの。
「それぞれの部屋で、この紙に印を押してきて下さい。2階の一番奥の部屋にある鏡台の中に特別な印があります。それを押したら、お戻りください」
簡単な話、室内スタンプラリーである。
スタンプラリーをしながら、お化け役に驚かされて、部屋を回っていく。最後までたどり着けないお客様もときどきいらっしゃる。でも、それでもスリルが楽しいのだろう。リピーターも結構いたりする。
今日のお客様は初めての方たち。
「いってらっしゃいませ。どうぞお気をつけて」
暗い声の私に見送られて、女性たちはキャッキャ言いながら玄関から入っていった。
ここから私の仕事はほとんどない。
お客様が出てくるまでは暇だ。
家の中から「キャー!」「わー!」と女性たちの叫び声が聞こえる。
私はホッとする。
良かった、今日もちゃんと怖がってもらえている。楽しんでもらえている。ただのアルバイトだけれど、私はお客様が楽しんでくれるのを見ると、やっぱり嬉しい気持ちになる。
空き家お化け屋敷を眺めていると、部屋の電気がチカチカと点いたり消えたり、カーテンが開いたり閉まったり、慌ただしい。お化け役の先輩たちが頑張って演出しているのだ。先輩たちもお客様に喜んでもらいたいから、一生懸命驚かす。怖がらせて楽しんでもらうなんて、面白い仕事だなと思う。
そろそろかな、と思ったとき
「キャー」という声をともにお客様が玄関から転げるように走り出てきた。
「わー怖かった~」「ねーやばかった~!」
と感想を言っているときに、背後で、ガチャン!と音を立てて、玄関の鍵が内側から閉まる。
「きゃっ!!」と最後にもう一悲鳴あげて、終わりである。
ここから私は普通の接客になる。
「おかえりなさい。お楽しみいただけましたか?」
「はい。めっちゃ怖かったです」「やばかったです~」
「ご満足いただけたようで良かったです」
「はい。大満足でした」
私はにこにこ接客顔。
「今後の参考までにお聞きしたいんですが、どのエリアが一番怖かったですか?」
「えー、えっと、お風呂場かな」「だね、だね、あれは怖かった」
私は怪訝な顔になる。
「お客様、お風呂場ですか? あれ、そうですか。おかしいですね」
「え、何がです?」
「あ、いえ……えっと……お風呂場には、何の細工もしておりませんので、何の演出もなかったはずですが……」
お客様の顔色がかわる。
「やめてくださいよ、そんなはずないじゃないですか」「やばい、超鳥肌」
怖がるお客様。
「おかしいですね……あそこは誰もいなかったはずなんですが」
と私は首をかしげる。
そして内心ほくそえむ。
そう、これも演出のひとつなのだ。
本当はお風呂場にもちゃんとお化け役のスタッフがいる。
最後にお客様が一番怖かった、と言った場所には「誰もいなかったはずですよ」と伝えることで、怖さの余韻に浸ってもらうのだ。
「ところで、もうひとりのお客様はどうなさいました?」
「え?」「もうひとり?」
「はい。お客様たちのご予約は女性3名となっております。一緒にお化け屋敷に入っていったもう1人の女性の方はどうなさいましたか?」
「え、やだ」「嘘ですよね?」
女性2人は困惑顔。
「私たち最初から2人で来ましたけど……」
「え、あれ? 私の勘違いですかね。確かに、3名様でご案内したんですが……」
「嘘、やだ。怖い」
私は「そうでしたか、2名様でしたか……」と書類を確認する。
ふりをしてまたほくそえむ。
もちろん、これも演出である。最初から女性客は2名であった。
人が増えたり減ったりはしていない。
ぬかりなく最後まで怖がらせる。
これが会社のモットー、ということだ。
「では、またのご利用をお待ちしています」
私は女性客を笑顔で見送った。
はあ、今日の仕事も、楽しんでもらえたみたいで良かった。
ほっと一息したとき、ポケットの携帯電話が振動する。
あれ、家の中でお化け役をやっている先輩から電話だ。お客様が落とし物でもしたかな。
「はい」
「あー、悪かったな。今駅ついたわ」
「はい? 何の話ですか?」
「は? メール見てない? お客さん、大丈夫か?」
「お客様なら今お帰りになりましたけど」
「あー帰っちゃったか。そりゃ待ってらんないよな。とりあえず、そっち行くわ」
プツンと切れる電話。
どういうことだ?
メールと言っていたのでフォルダを開けると、確かに先輩からメールが来ていた。
『すまん! 電車の遅延でお化け役全員30分は遅れる! 家に入るところお客様に見られたらやばいから、どっかのカフェでも入って時間調整しておいてくれ!』
え、どういうこと?
そうか。先輩たちが示し合わせて私を驚かそうとしているんだ。
私が戸惑っているところに、じゃーんと家の中から登場する気だ。
私が一番年下のアルバイトだからって、からかってるんだな。
私は空き家お化け屋敷を眺める。
動きはない。
あれ……と思っていると、「おーい。ごめんなー!」と声がして、見ると今日お化け役をすることになっていた先輩たちが4人そろって駅の方面から走ってくる。皆大きな荷物を持っている。お化けに変装するための、衣装やメイクの道具だ。
え、どういうこと?
空き家お化け屋敷。
視界の端で、カーテンが揺れた気がした。
《おわり》