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‘すぺしゃる’の向こう側 (15) ぼくのふつう、みんなのふつう

愛を探しに出た ぼくとりゅう。旅の向こうに もっと大切なものが あった。本当の幸せを手に入れる方法を 見つけた ぼくの冒険物語。

15)ぼくのふつう、みんなのふつう
高い塔から、飛び立って、まる二日間、ずっと、海の上を、りゅうと飛び続けて、やっと、大きな陸が見えてきた。そして、一番最初に見えてきた町に、とりあえず、降りてみた。あたりを見渡してみたけれど、通りには、人が一人もいなかった。とても、静かだった。ぼくは、りゅうと、注意深く、歩いていった。通りの角を曲がると、大きな通りに出た。大きな通りの両側には、野菜や果物などのお店が、通りの終わりまで、いっぱい、ずらっと並んでいた。買い物をしているお客さんも、たくさん、歩いていた。

でも、不思議なことに、物を売っている人たちも、買い物をしているお客さんも、すごく小さい声で、話している。顔も、全然動かなくて、楽しいのか、うれしいのか、悲しいのか、全くわからない。目も、口も、全然変わらなくて、ただただ、口が少し、もごもご動いているだけ。ぼくは、何があったんだろうと、びっくりして、じっと、通りの人を見つめていた。りゅうも、
「きゅる?」
とすごく小さい声で言って、首をかしげていた。

ずっと見ていると、みんな、話す前に、右手をチョキにして、人差し指と、中指の先を、お互いに、無言で、くっつけている。くっつける瞬間に、横をむく。それから、お互いを見て、静かに、小さい声で、話すんだ。大人も、子供も、道であうと、そうしている。どうやら、これ、あいさつなのかもしれないと、思った。

気が付くと、ぼくの前に、ぼくより少し大きい女の子がいて、右手をチョキにして、ぼくの前につきだしていた。それで、ぼくも、あわてて、右手でチョキを作って、女の子の前につきだした。くっつける時、横をむくのが少し早すぎて、ぼくの指は、女の子の人差し指にあたらなかった。ぼくは、ちょっと顔が赤くなった。女の子は、口元だけ、ほんの少し動かして、すごく小さい、たんたんとした声で言った。
「小さい子には、難しいよね。」
女の子が、顔をぜんぜん動かさずに言うから、やさしいのか、いじわるなのか、わからなくて、むねが、もやもやした。どうしよう。どうしたらいいか、わからなくて、ぼくは、困った顔で、だまって、女の子を見た。その時、ぼくのおなかが、きゅるきゅる、なった。おじさんのところをでてから、まる一日、おじさんにもらった、へんてこな色と形のあめしか食べていなくて、おなかがぺこぺこだった。

おんなのこは、顔色をかえず、ぼくの手を、無言で、引っ張っていった。ちょっと、怖くなった。どうなるの? この子、怒っているの? どうしよう? 逃げようか? 迷っているうちに、女の子が、止まった。黄色い、細長い、円い、ぐるぐるにねじれた形の果物が、たくさん積んであるお店の前だった。女の子は、チョキのあいさつを、お店のおばさんとして、小さい、たんたんとした声で、おばさんに言った。
「お母さん、この子に、バナバナ、一本、あげていい? おなか、すいているみたいなの。友だちになったの。」

え?ぼくたち、友だちなの?一回も、ぼくに、笑ってないよね? ぼくは、すごく驚いた。お母さんは、何も言わず、目も口も動かさずに、静かに、ぼくに、黄色い果物を、差し出した。おばさん、怒っている?気になったけれど、おなかがすいていたから、果物をもらって、食べた。果物は、ちょうど、いちごと、なしと、バナナを足したような味で、すっぱいような、それでいて、ねっとりと甘いような、甘さとすっぱさがうまく混じって、なんだか、さっぱりとした味に仕上がっていて、今まで食べたことのない味だった。外の皮は、黄色で、とても固いけれど、中は、薄いピンクで、とてもやわらかい。りゅうも、おなかがすいていたから、ぼくの横から、顔をだしてきたので、半分、あげた。それを見ていたおばさんが、うんうんと、うなずいて、ぼくとりゅうに、もう三本ずつ、バナバナという果物をくれた。おばさんは、目も口も全然動かしていなかったけれど、こんなにたくさんくれるんだから、やさしい人なんだなと、思った。

ぼくは、女の子の家に泊めてもらうことになった。女の子の名前は、ルンパ。女の子の家には、おばあさんと、お父さんと、お母さんと、お姉さんと、ルンパが住んでいて、みんな、小さい声で話して、みんな、目も口も全然動かさないから、どんな気持ちなのか、分からなかった。でも、温かいスープの夕ご飯を用意してくれて、ふかふかのベッドを用意してくれた。りゅうにも、干し草をくれて、とても、やさしい人たちだなと、思った。

ぼくは、ルンパの家に、1週間泊めてもらって、気が付いた。この町では、ぼくの町や、今までの町とちがって、人が、顔を動かさないで、小さい、たんたんと話すのが、普通なんだと。1週間のうちに、いろいろな人に会ったけれど、みんな、目も口もあまり動かさない。だから、ぼくのこと、嫌いなのかなと、思った。けれど、みんな、すごく親切だから、そうじゃないんだろうなと、思った。ぼくは、初めて、ぼくの知っている「ふつう」が、どこでも、だれにでも、「ふつう」じゃないだと知って、面白いなと思った。

ぼくは、ルンパが学校から帰ってくるまで、暇だから、ルンパのお母さんと、お店に行って、バナバナを売る手伝いをする。バナバナを箱から出して並べたり、バナバナに太陽が当たってきたら、ひさしを伸ばしたり。最近は、慣れてきて、お客さんに、チョキのあいさつをしたり、買ってもらったら、「ありがとう。」と言ったり。できるだけ、この町の人の「ふつう」のやり方を、まねるようにした。チョキのあいさつも、ぎりぎりで、横をむくし、「ありがとう。」とたんたんと小さい声で言う。でも、目も口も動かさない顔をずっとするのは、ずっと気をぬけないから、ずっと緊張したままで、結構大変だ。

ルンパが学校から帰ってきたら、二人で、公園で、遊ぶ。だいたいは、ブランコに乗って、すべり台をすべって、そして、砂場で、お城を作る。お城の物語を、毎日、二人で考えて、話して、新しいのを作る。剣士が、なぞのかいじゅうから、お城を守る話の日もあるし、お姫さまが、魔女に、魔法をかけられる日もあるし、お城の舞踏会に宇宙人が呼ばれていないのに、大きなケーキを持ってやってくることもある。ルンパをよく見ていると、ルンパは、わくわくするとき、両手の指をいっぱい動かすのが、わかった。ちょうど、ぼくのお父さんが、ぼくに、こちょこちょとくすぐるときにする指みたいに、早くいっぱい動かす。だから、ぼくも、わくわくするとき、指で、こちょこちょポーズをするようにしたら、ルンパも、うんうんとうなずくから、ぼくたちは、二人で、なかよく話を作っていくことができた。

ある日、ぼくは、ブランコに乗った時、なんだか、楽しくなって、歌を歌った。ずっと、小さい声で、目も口もうごかさずに、話していたから、ちょっと、疲れてたんだ。自然と、声は、どんどん大きくなって、ブランコの前と後ろへの揺れに合わせて、抑揚をつけて、元気に歌った。大きく口をあけて、目もくるくると、動かして。となりのブランコに乗っていたルンパは、すごくびっくりして、ブランコをやめて、ぼくを見たので、ぼくは、はっとした。「しまった。」と思った。でも、次の瞬間、ルンパも、思い切り、ブランコをこいで、ぼくの歌にあわせて、ハミングした。ぼくはうれしかったから、つい、ルンパに、にっこりわらってしまった。すると、ルンパも、少しにっこりして、言った。
「楽しいね。」

ひとしきり、歌った後、ブランコを止めた。ルンパが、ぼくを見て、いつもの目と口を動かさない顔で、言った。
「びっくりした。でも、楽しかった。」
ぼくは、いつもは、大きな声で話すこと、大きな声で歌うこと、目や口をいっぱい動かして話すこと、大きな声で笑うことを、ルンパに、言った。そして、この町に合わせて、目や口を動かさないように、がんばっているけど、ずっとやっているのは難しくて、疲れちゃうことも、話してしまった。ルンパは、やっぱり、目も口も動かさず、
「びっくりした。でも、いいと思うよ。自分がいつもしているように、すれば。」
と言った。
「でも、この町の人が、びっくりするよ。」
とぼくは、やっぱり、目も口もあまり動かさずに言った。すると、ルンパが、目も口も動かさず、でも、手をこちょこちょポーズにして、
「いいこと、思いついた!」
と言って、ぼくの手をぐいぐいひっぱって、走り始めた。

つづく…

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