コーヒーなんて不味ければ不味いほど美味しいし:1108字
「考えたって分からないし」
から始まる曲が午後の喫茶店を埋めていた。
お客はポツリポツリ。
誰が誰かに干渉する訳でなく各々時間を持て余している。
木目でゴシックな店内。
競馬新聞を広げる野球帽を被ったとろけそうなおじいちゃん。
右手にガッチリと400円くらいを握りしめ苦悶の表情でクリームソーダを飲む小学生。
絶対に他所で言えないと思わしき話をしている主婦ぽい女性は怪しい笑みを浮かべている。
そして私。
誰が糸を引いたか分からないが座った席は他のお客から距離は4mの等間隔になっていた。
店内BGMがサビに入る。
「間違ってるんだよ。」
恐らくこの曲はこの店内の雰囲気合ってない。
流すとしたらヴィレバンだと思う。
「お待たせしました。」
私のもとに運ばれてきたのはなんて事のないブレンドコーヒー。
白いコーヒーカップに白い受け皿。そして間口の狭い銀色のちょこんとしたスプーン。
内装とテーブルの木の匂いとコーヒーの香りが混じりゲボが出そうになる。
トイレでひとしきり戻し終えた私は唖然としていた。
なんで?
充実が確約された私の席が目の前に見える。
1冊の文庫本。背の高い椅子。木目の小洒落たテーブル。湯気がまだ、ほんのり立つコーヒー。
体調が突然悪くなったのだろうか。
私が猫背になりながら手を口に添えていると店員さんが心配して水を出してくれた。
完璧な店だ。
やはり私の体調が急変しただけなんだ。
ひとしきり戻し終えたのでもう安心である。
2回目の胃掃除を終えた私はもはやこうべを垂れる他なかった。
日が少し落ちてきてオレンジの光が差し込む。
おじいちゃんは電話越しに奥さんと話しているのだろうか。夕飯が待ち切れない様子でバナナシェイクを飲んでいる。
小学生は美味しかったですと背伸びしながらレジスターに400円を置いていた。
人妻はりんごが添えられた透明なグラスに注がれた紅茶を口元に運んでいた。
全員コーヒーじゃない。
この店はコーヒーを飲む店でなかったようだ。
オレンジの光が差し込んでいるのに。お客さんの層が良い感じに散らばっているのに。木目でゴシックなのに。店員の声が店の擬人化と疑うほど渋いのに。
絶対コーヒーが美味しいはずのシチュエーションなのにコーヒーの香りで二回もモドシている。
にじり寄るように自分の席へと近づく。
流石に鼻と口を手で抑えるのがとんでもない失礼に当たるのはわかる。
息を止めて席に着き、息を止めてコーヒーを口にした。
店を出ると不思議と晴れやかな気持ちだった。
3回も戻し終えて胃が空っぽになったからじゃない。
コーヒーが信じられない程不味かったからだ。
あそこまで不味いと清々するのだと気付かされた。
伸びをすると本当に丁度良く夕立が降りはじめた。
最高だ。