タイムマシンに願わないで#1998文字
1992年からポトッと落とされた僕は一人、自分の部屋のド真ん中に立たされるハメになった。
日めくりカレンダーを見ると2017年7月2日と克明に記されている。
やっと元の時代に戻された。
安堵感と何も出来なかったやるせなさに包まれる。
世界は上手く出来ていて、ここはドラマや映画でない事を分かった。
主人公じゃなかったんだ。
虚しくも鋭い事実だけが僕の中だけに刺さる。
タイムスリップした時は大層ワクワクした。
選ばれた人間であるという無意識が僕を見知らぬ時代に飛ばされた不安感から突き離していた。
花火と繋いで滲む手。貰ったサングラス。タイムスリップする直前に見たニュース。街に渦巻く不穏感。
そのどれもが繋がった時に使命が初めて分かった気がしていた。
結局それを果たせず僕はこの部屋に一人だ。
無力感に襲われて涙が出てきた。
何をしていたんだろう。この世界を変える事が出来たはずなのに。
僕だけは知っていたはずなのに。
止めれたはずなのに。
嗚咽音と時計の音だけが耳に入ってくる。
それも鬱陶しくて目の前にあった日めくりカレンダーを時計に向かって投げつけた。
壁に弾んだカレンダーは僕の頭に直撃する。
そんなのどうでもよくて涙が止まらない。
自分の情けなさに腹が立つ。
泣いてどうにもならないのに。
涙でどうにかしようとしている自分に。
少し立つと夏の暑さに体を蝕まれ返って冷静になれた。
まだしゃっくりは止まらないけど。
そんな中頭に悪い考えがよぎる。
もしかして僕の行動でバタフライエフェクトが起きたんじゃないか。
確かにこの手では救えなかったけど、連鎖的に彼女は助かったんじゃないのか。
机に置いてある携帯と睨めっこする事になる。
携帯を開いて名前を検索すれば必ず出てくる。
でももし、そこで。
最悪の結論が何度もフラッシュする。
ダメだ。
僕に携帯を取る勇気はない。
部屋の隅でうずくまって何も考えないでいるのが僕の容量で一杯で出来ることだ。
そう考えてベットに倒れ込んだ。
壁がへこんでた。
5時のチャイムが聞こえた。
何日か経った。
外じゃイヤホンを付けて下向いて歩いてる。
携帯はまだ開けないでいる。
とにかく現実を知りたくない。
受け入れたくない。
タイムマシンがあったら良かったのに。
もう一度だけタイムスリップさせて下さい。
お願いです。
そんな気持ちが日に日に増す。
1ヶ月が過ぎた頃だった。
僕は倒れてしまった。
お医者さんは
「過度なストレスによる…」
に続けて難しい病名を羅列してたけど一切耳に入ってこなかった。
僕は向き合う勇気も無ければ、それを抱え込む事さえ出来ないと思い知ってしまった。
何もできない。
あの時と同じだ。
乾いた笑いは蝉の鳴き声に混じって消えていった。
翌朝、血相を変えた母が遠路はるばるやってきた。
僕の顔を見るなり
「無事で良かったね」
と目一杯泣いている。
心配かけてごめん。と言うと、どこからか出したハンカチで両目を拭う。
「お父さんも来たかったみたいだけど、会社でどうしても外せない用事があったらしいくて…」
そこから延々と僕いなかった3年間で起きた地元の事件をツラツラと喋り始めるとは思わなかった。
いつもだったら適当な返事をして切り上げる話だったけど、なんだか笑えた。
「25周年ですって、長いわねぇ」
パッと表情が元に戻る。
耳を塞ぎたい数字だ。
この後出る言葉を止めるべきか凄く迷った。
絶対にあの事だ。
でもここで聞いてしまっても良いかもしれない。
そんな無気力と25周忌という言葉ではなかった事に多少の期待で膨らむ。
「あの〜」
数秒にして緊張してきた。
母の言葉が1文字ずつはっきり聞こえる。
心臓の音が邪魔だ。
「園田食堂さん!」
大きなため息が出た。
パンパンに膨らました風船の結び口を解いた様な。
そんな僕に気づかず母が矢継ぎ早に続ける。
「25年前といったらアイドルのあの子も引退してからそんくらいよね」
「え?」
迂闊だった。
「あゆこちゃん」
唐突に告げられたその名前。
僕が一番聞きたくなくて聞きたい名前。
引退?
僕が会った時はまだ現役で…
思考にした文字がゆっくりになっていく感覚に陥る。
無駄じゃなかった…
ポロッと口から出た一言でダムが崩れた様に涙が止まらない。
あんたあゆこちゃんそんな好きだったっけ!?
そんな母の言葉も聞こえるけど聞こえちゃない。
蝉の声も聞こえてこなかった。
退院してから家に帰ると日めくりカレンダーをしばらく捲っていない事にやっと気づいた。
携帯を見ながら日付を合わせていく。
月日を合わせるのに1ヶ月半もかかってしまった。
あの頃街で流れてたサディスティックミカバンドの曲を口ずさみながら貰ったサングラスを手に取る。
意味もなく付けたサングラスで視界はヤケに暗く見える。
それでもいい。この行動も、きっと何かのバタフライエフェクトのきっかけになる。
久々にはしゃいだ為か急に眠くなった。
そのままベットに倒れ込む。
蝉の声で目が覚めた。
カレンダーは1992年6月14日だ。