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第121回/古屋星斗+リクルートワークス研究所『「働き手不足1100万人」の衝撃――2040年の日本が直面する危機と〝希望〟』


大反響浴びた未来予測の書籍化

「リクルートワークス研究所」の主任研究員・古屋星斗(ふるや・しょうと)氏といえば、最初の単著『ゆるい職場――若者の不安の知られざる理由』(中公新書ラクレ/2022年)がベストセラーになって以来、大きな注目を浴びている論客です。“働くことのいまと未来”を鋭く問う著作を、次々と上梓しています。

当連載でも、『ゆるい職場』と2冊目の単著『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版/2023年)を、第61回と91回でそれぞれ取り上げました。

氏が所属するリクルートワークス研究所は、株式会社リクルート内にある「人」と「組織」に関する研究機関。「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」を使命に掲げ、調査・研究などを実施しています。
今回取り上げる『「働き手不足1100万人」の衝撃』は、古屋氏と同研究所の研究員3人が執筆を分担した共著です。ゆえに、著者名義は「古屋星斗+リクルートワークス研究所」となっています。

本書のベースになっているのは、リクルートワークス研究所が2023年3月に発表した報告書「未来予測2040――労働供給制約社会がやってくる」。同報告書は、現在もWEBで全文が公開されています。

未来は本来「複雑系」であり、未来予測は非常に難しいものです。
しかしその中にあって、《人口動態に基づくシミュレーションは最も確実な未来予測》だと言われます。戦争・天災などによる人口激減でもない限り、いま45歳の人の大多数は15年後に間違いなく60歳になるわけで、不確実性の要素がごく少ないからです。

「未来予測2040」は、《人口動態統計という最も確実な予測ができるデータ》に基づいて、《労働の需要と供給の観点からシミュレーション》を行い、15年後の日本の労働市場を概観した報告書でした。
その中で浮かび上がってきたのが、《2040年に日本では、1100万人の働き手が足りなくなる》という、衝撃的な予測結果だったのです。
同報告書はテレビ・新聞・雑誌・ウェブメディアに数多く取り上げられ、大反響を呼びました。本書はその報告書の書籍化なのです。

単なる人手不足ではなく「労働供給制約」

本書の「はじめに」には、次のような一節があります。

働き手が足りないというニュースは多くの人が耳にしているが、これから起ころうとしている「人手不足」は、これまでの単なる「人手不足」とは異なるのだ。

では、いまの人手不足とこれからの人手不足は、どう異なるのでしょう?

これまでの人手不足問題は、後継者不足や技能承継難、デジタル人材の不足といった産業・企業視点から語られてきたが、 これから訪れる人手不足は「生活を維持するために必要な労働力を日本社会は供給できなくなるのではないか」という、生活者の問題としてわれわれの前に現れるのだ。

いまの人手不足は、特定の業種や企業だけの問題にとどまっており、大多数の人にとっては「対岸の火事」で済んでいる面があります。
しかし、これからはそうではなく、人手不足の問題が国民の生活に等しく影を落とすようになるというのです。

なぜなら、1100万人分にも上る広範な人手不足が、《私たちの生活を支えている「生活維持サービス」の水準低下、そして消滅の危機》を招くから。

たとえば、業種別の労働需給シミュレーションの結果を見てみると、2040年には介護サービス職で 25・2%、ドライバー職で 24・1%、建設職で 22・0% が不足することがわかった。

それらの不足が、介護が受けたくても受けられない状況、宅配便の遅延、道路や橋が未修繕のまま放置されるなど、さまざまな不便につながることは容易に想像できます。そうした事態が、生活のあらゆる場面で頻発するのです。

単なる人手不足と区別するため、本書ではそのような事態が「労働供給制約」という言葉で表現されています。

「労働供給制約」というのは、社会を維持するために必要な働き手の数を供給できなくなる、構造的な人手不足のことだ。

「みなが無人島に住むような」社会になる

本書の前半では、このまま何の対策も講じなかった場合、2040年の日本がどんな社会になるかがシミュレートされていきます。著者たちはそれを、《「みなが無人島に住むような」社会》という印象的な言葉で表現するのです。

私たちの生活は、エッセンシャルワーカーをはじめ、多種多様な人々の労働に支えられています。その恩恵が受けられなくなれば、その分を自分で動くしかなくなり、無人島に住んでいるようなものだというのです。

2040年といえば、いまからたった15年後の至近未来。それだけで《「みなが無人島に住むような」社会》になるとは、いささか大げさに思えてしまいます。

しかし、本書の前半では、私たちを待ち受けている15年後の社会の実情が、詳細に描き出されていきます。たとえば、次のような社会です。

● 給料をいくら上げても必要な人を採用できない
● 採用するのに必要なコストが高くなりすぎて、必要な生活維持サービスが廃止される
● 同様に、多くの生活維持サービスが水準を低下させざるをえなくなる
● 必要な人手が足りないために、廃業せざるをえない企業が増える

あたりまえの話ですが、2040年に突然そうなるわけではなく、現在も刻々と働き手不足は進行しています。いまから5年後の2030年には、341万人の労働供給不足が生じると予測されているのです。

また、働き手不足には当然地域差があります。2040年の生活維持サービスの充足率も予測されていますが、そこには次のような記述があるのです。

生活維持サービスの充足率が 75% を切っている地方は 31 道府県におよんでおり、これは4人必要な仕事を3人で取り組まなければならない水準だ。

こうした数字やデータばかり紹介すると、「白書」のような無味乾燥な内容を連想されるかもしれません。しかし、本書は随所に現場の生の声が紹介されており、読み物として楽しめる(内容は深刻なので、「楽しめる」というと少し語弊がありますが)工夫がなされています。

たとえば、第4章《働き手不足の最前線・地方企業の窮状》では、すでに労働供給制約が深刻化している地方企業――つまり「雇う側」の声が集められています。そこには、やがて日本全体を覆っていく危機の前触れが示されているのです。

対策を詳述した「希望の書」でもある

本書の前半だけを読むと、暗澹たる気分になるかもしれません。
しかし、著者代表の古屋氏は、《本書は、「危機と希望の書」である》と表現しています。働き手不足1100万人という危機に直面している日本社会は、その危機を乗り越えることに本気で取り組み、さまざまな改革とイノベーションを生み出すはずだ……そう確信し、そこに希望を見いだしているのです。
《私は今後十数年の日本は「発明の時代」を迎えるのではないかと感じている》と、古屋氏は言います。

本書の後半は、《労働供給制約社会に向けた打開策として、4つの打ち手を示す》内容です。4つとは《「機械化・自動化」「ワーキッシュアクト」「シニアの小さな活動」「仕事におけるムダ改革」》を指し、各1章を割いてその中味が紹介されていきます。

1つ目の「機械化・自動化」とは、言うまでもなく、AIやロボットを駆使した「省人化」です。
あらゆる業種で徹底して機械化・自動化を進め、人間にしかできない業務に集中すること――その道筋を示すとともに、すでにある先駆的事例を紹介しています。

2つ目の「ワーキッシュアクト」(Workish act)は聞き慣れない言葉ですが、それもそのはずで、リクルートワークス研究所による造語なのです。
直訳すれば「仕事っぽい活動」になるこの造語は、《本業の労働・仕事以外で何らかの報酬を得るために、誰かの何かを担う性質がある活動》を指しています。

私たちが提唱するワーキッシュアクトは、これまでは「慈善活動」や「ボランティア」「コミュニティ活動」「副業」「趣味」、はたまた「娯楽」などと呼ばれてきた活動のうち、結果として誰かの困りごとを助けているものの集合体である。

――そんな説明があるとおり、従来のボランティアや副業、趣味と重なる部分もありつつ、1つの枠には収まらない新しい労働参加・社会参加のありようの総称がワーキッシュアクトなのです。

すでに生まれているワーキッシュアクトの例として、市民がランニングを楽しみながら地域を見守る「パトラン」という新しい波などが紹介されています。

3つ目の「シニアの小さな活動」は、「小さな」という点がミソです。
これまでも、人手不足対策といえば、定年後のシニアの活用が筆頭に挙げられてきました。
しかし、日本の65歳以上の就業率は25・1%と先進国で断トツであり(ドイツが7・4%、フランスは3・4%、日本に次いで高いアメリカでも18・0%)、すでにシニア活用はかなり進んでいます。さらに活用度を高めようとしても、絞った手ぬぐいを絞るような難しさがあるのです。

だからこそ、現役世代と同等の労働を求めるような無理をさせるのではなく、無理のない「小さな活動」を、シニア層にもっと広げていこうと、本書は提唱しています。

労働供給制約を乗り越えるために、今後の日本に不可欠な発想は、高齢期の小さな仕事、小さな活動である。個々人の体力や気力などとも相談しながら、無理のない範囲でできる仕事や活動をはじめ、続ける人が増えていくことが重要になっていく。

ムダを削減できる企業が生き残る

「4つの打ち手」の4つ目――「仕事におけるムダ改革」は、企業に向けての提言です。

労働供給制約社会への打ち手として、人の力を拡張する機械化・自動化やワーキッシュアクトなど、人の仕事の新しい地平を切り開く提案をしてきた。しかし、さらに掘り下げて考えると、今のすべての労働需要が本当に必要な仕事なのであろうか。

そのように著者たちは問い、リクルートワークス研究所が実施した《企業内のムダな業務についての定量調査》の結果を踏まえて、もっとムダを削減しようと提案します。つまり、企業内の労働需要を減らすことで、労働供給不足を乗り越えようとするのです。

会社の自分の業務については、社長から従業員までを平均すると、おおよそ15~16% 前後の業務がムダだと感じていた。これは1週間に40時間働く人で言えば、毎週6~7時間くらいは誰にとっても意味のない仕事に従事していることとなる。(中略)「週のうち2日弱は仕事のムダに労働時間をとられている」と考えている人が2割以上存在しているのだ。

――そのような、驚きの調査結果が紹介されます。

労働供給制約下では働き手こそが最も稀少な経営資源だ。また、会社としても社会としても、無意味なムダな仕事に働き手を回す余力はまったくない。企業が顧客と対話し、本当に必要なサービスを極めていくプロセスに、業務削減の余地はまだたくさんある。

著者たちがそう言うように、働き手不足が徐々に深刻度を増すこれからは、思い切ってムダな仕事を削減できる企業こそが生き残るのでしょう。

「働き手が神様になる」社会の到来

現状のまま座して待てば、2040年には働き手不足1100万人の社会となり、生活維持サービス破綻の危機が訪れる……というのが本書の警鐘でした。
「4つの打ち手」などの打開策が奏功し、危機が緩和されたとしても、働き手不足という趨勢自体は変えようがないでしょう。

とくに、中小企業は人手不足の影響を顕著に受ける立場です。人手不足が今後いっそうシビアになっていくことは、残念ながら間違いありません。
本書にも、次のような印象的な一節があります。

2040年にかけての日本の人材採用を端的に表す言葉は「今が一番人材を獲得しやすい」になるだろう。去年よりも今年、今年よりも来年のほうが人材確保が困難な状況となる。

かつて「お客様は神様です」という言葉があったが、労働供給制約社会においては、「働き手が神様」になる。お客様と働き手の数が不均衡になるわけだから、働いている人が大事になるのは当然のことだ。

中小企業経営者であれば、すでにいま、採用者に「選ばれる」立場に変わったことを肌で感じているはずです。そうした傾向は、今後ますます高まっていくでしょう。

働き手の確保は、中小企業にとって熾烈な戦いになっていく。希少な人材に「選ばれる会社」にならなければ生き残れない――本書はそのことを、確かなエビデンスに基づいて痛感させてくれます。
その意味で、中小企業経営者にとっても必読と言えるでしょう。

古屋星斗+リクルートワークス研究所著/プレジデント社/2024年1月刊
文/前原政之


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