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第43回/浜田敬子『男性中心企業の終焉』
20年以上に及ぶ取材の集大成
『理念と経営』2023年2月号の「特集1」は、「女性経営者の底力」、「特集2」は「ダイバーシティ経営最前線」です。中小企業の頑張っている女性経営者たちを紹介するとともに、ジェンダー平等などのダイバーシティ推進の大切さを訴えています。
2つの特集の背景にあるのは、「『ジェンダー後進国』と揶揄される日本を、もっと女性が経営者や管理職として活躍しやすい社会にしなければ」という問題意識です。
その特集と併読していただくとよい本を、今回は紹介しましょう。
週刊誌『AERA』の編集長や、オンラインメディア「ビジネスインサイダージャパン」の統括編集長も務めたベテランジャーナリスト・浜田敬子さんが、“日本企業におけるジェンダー平等推進は、なぜ遅々として進まないのか?”を、綿密な取材・調査で浮き彫りにした一冊です。
「世界経済フォーラム」が毎年発表する「ジェンダーギャップ指数」で、日本はずっと先進国最低水準に甘んじています。
2022年7月に発表された直近のランキングでは、日本は146カ国中116位。2015年には101位(145カ国中)だったので、だんだんランクを下げているのです。
世界中で女性活躍やD&I(Diversity & Inclusion)推進の大切さが叫ばれ、日本政府もその動きに呼応してきたはずなのに、なぜ日本は「ジェンダー後進国」であり続けているのでしょう?
《〝足を引っ張っている〟のは、政治と経済の分野で、経済分野は121位。低迷の要因の一つが専門職や技術職に就いている女性の少なさや、女性役員率や管理職率の低さだ》
そうした「後れ」の背景にあるものを、本書は多角的に浮き彫りにしていきます。
著者の浜田さんは、1999年に『AERA』編集部に配属された直後からずっと、意識的に「働く女性たち」を取材してきました。20年以上にわたる一連の取材の、集大成とも言えるのが本書なのです。
本書は、浜田さんがここ数年の間に「ビジネスインサイダージャパン」などのメディアに発表してきた記事をベースにしています(各記事を改稿・再構成)。
その大半は2021年~22年に発表された記事であり、日本企業におけるジェンダー平等の最前線が浮き彫りにされています。そして、「いま」を見つめつつも、随所に過去20年以上の取材の蓄積が生かされているのです。
なぜダイバーシティ推進が大切なのか?
本書で著者が取材している企業は、大部分が大企業です。
たとえば、第1章ではメルカリが取り上げられています。同社は創業者の山田進太郎社長が私財 30 億円を投じて「山田進太郎D&I(Diversity & Inclusion)財団」を設立し、理系進学を望む女子中高生に限定した奨学金を作るなど、社を挙げてジェンダーギャップ解消に舵を切ったのです。
ほかにも、富士通、キリン、丸紅など、ジェンダー平等推進のトップランナーたる大企業の先進的取り組みが紹介されます。それでもなお、そこには“遅々として進まない理由”があることが、本書を読めばわかります。
《多くの企業はD&I(Diversity & Inclusion、多様性と包摂)の推進を掲げ、本気度の差はあるとはいえ、女性管理職の登用を推進しようとはしている。それでも海外に比べ亀のような歩みなのは、一つはもともとの数が少なすぎて、数年間ぐらいの活動ではなかなか成果が出てこないということもあるが、採用ポリシーや評価の方法、管理職の条件、働き方、さらには女性たちに対する研修のあり方などを変えていないことも大きい》
トップランナーたちですらそうなのですから、周回遅れの企業はもっと悲惨な状況なのでしょう。
また、ジェンダー平等などのダイバーシティ推進がなぜ企業にとって重要であるのかも、多角的に論じられています。
もちろん、次のような一節があるとおり、それは人権的観点からの要請でもあります。
《今企業活動においてはSDGsやESGの観点が重要視されるようになり、欧米企業では「ビジネスと人権」という観点からビジネスを真剣に見直している。ジェンダー差別はまさに足元の人権侵害なのだ》
しかし、それだけではありません。これからの時代に企業として成長し、強くなっていくためにも、女性活躍推進は不可欠なのです。たとえば――。
《企業成長においてD&Iがプラスの効果をもたらすことは、この 20 年、様々な調査研究から明らかになっている。
マッキンゼーが2007年に発表した「Woman Matter」レポートは、リーダー層における女性比率と企業業績には高い相関性が見られることを明らかにした。以降、多くの地域や産業別に同様の分析を行った結果、この傾向が例外なく当てはまることが検証されている。
さらに同社は2020年には「Diversity wins」レポートも発表。ジェンダー・ダイバーシティにおいて上位 25%の企業と下位 25%の企業を比較したときに、前者の方が財務パフォーマンスで当該国・当該産業の平均を上回る割合が9ポイント高いことを明らかにしている》
そのような経営上のメリットだけを強調すると、「メリットがあるからジェンダー平等を推進するのか? 単なる損得勘定なのか?」と反発を招く(本書にもそうした反発の例が紹介されています)ので、注意が必要でしょう。
とはいえ、そのような観点からジェンダー平等推進を考えることも、経営者にとっては大切なのです。
テーマと重なる著者自身の歩み
この手の本では異例なことですが、著者の浜田さん自身の体験も、随所で語られています。
《本書には取材で得た証言や事例などだけでなく、あえて私の経験を盛り込んだ。1989年、平成という時代が始まった年に社会人となった私の仕事人生そのものが、男女雇用機会均等法以降の働く女性の歴史の一部であると感じているからだ》
世代的理由のみではありません。『AERA』副編集長時代に朝日新聞社で初めて《管理職としての出産》をしたり、同誌初の女性編集長になったりした浜田さんの歩みそのものが、本書のテーマと重なるものなのです。
そうした「自分語り」は、ヴィヴィッドな「当事者目線」に結びつき、本書をいっそう迫力のあるものにしています。
中小企業こそダイバーシティ推進を
本書に挙げられた大半が大企業の事例であることもあり、読者の中には「うちのような中小企業には関係ない話だ」と感じてしまう向きもあるかもしれません。しかし、そうではないのです。
第5章「経営戦略として本気でダイバーシティを進める経営者たち」には、「中小企業こそダイバーシティはチャンス」との項目があります。
そこでは、女性の採用・登用に熱心な中小企業の代表例として、愛知県瀬戸市の「大橋運輸」が取り上げられています(本書に登場する数少ない中小企業。ちなみに、同社も2月号の特集2「ダイバーシティ経営最前線」に登場しています)。そして、同社の3代目経営者・鍋島洋行社長の、次のような言葉が紹介されているのです。
「大企業はできるけど、中小企業はムリだと思わないで欲しい。むしろ中小企業ほどダイバーシティに取り組まないと厳しい。逆に取り組めば規模が小さいので社内に浸透もしやすく事業や組織にも必ずメリットがあります。ただすぐに成果が出るわけではなく、徐々に文化が変わっていく。うちも 20 年かかってようやく定着したと感じています」
中小企業経営者は、この言葉をよく噛み締めて、社内における女性の活躍を推進すべきでしょう。そのために必要な知識や心構えは、本書に凝縮されて詰め込まれています。
浜田敬子著/文春新書/2022年10月刊
文/前原政之