第105回/池田めぐみ・安斎勇樹『チームレジリエンス――困難と不確実性に強いチームのつくり方』
個人ではなく、チームのレジリエンスの入門書
『理念と経営』2024年11月号で、「チームビルディング」についての特集を組んでいます。
その関連資料として私が読んだうちの1つが、今回取り上げる『チームレジリエンス――困難と不確実性に強いチームのつくり方』でした。
とてもよい本なので、当連載でも読者の皆さんに紹介したいと思ったしだいです。
本書のテーマになっている「レジリエンス(Resilience)」は、近年かなり一般的になってきた言葉なので、皆さんもご存じでしょう。念のために、本書の中にある解説を引いておきます。
《レジリエンスは、1970年頃から主に心理学の分野で扱われてきた言葉です。この言葉の語源はラテン語の「resilire」=「跳ね返る」に由来します。困難からの回復が、この言葉の中核にあるのです。
レジリエンス研究は、幼少期のトラウマや逆境体験を乗り越える子供の持つ強さに着目した研究からスタートしました。そこから、個人の持つ特性や能力だけでなく、困難から立ち直るプロセスを理解するものへと発展していきます》
日本語では「回復力」「復元力」などと訳されるレジリエンスは、何らかの逆境に直面したとき、そこから立ち直り、再び立ち上がる力を意味します。
同じ逆境に直面しても、比較的すぐに立ち直れる人と、なかなか立ち直れない人がいるのは周知の通り。前者はレジリエンスが高く、後者は低いと言えます。
当初はもっぱら「個人のレジリエンス」についての研究がなされていましたが、近年はチームのレジリエンスを高めるための研究も盛んになってきました。本書は、まさにその「チームレジリエンス」についての入門書です。
著者たちは、チームレジリエンスに関する国内外の研究論文50本以上を読み込み、そのエッセンスを盛り込む形で本書をまとめています。
著者の1人・池田めぐみ氏(筑波大学 ビジネスサイエンス系 助教)は、チームレジリエンスを専門的に研究してきた新進気鋭の研究者であり、本書の著者にふさわしいと言えます。
また、もう1人の著者・安斎勇樹氏は、人と組織の可能性を活かした新しい経営・マネジメント論を探究している研究者(東京大学大学院 情報学環 客員研究員)であり、『問いのデザイン』『問いかけの作法』などの著作で知られる人気著者です。
そのコンビによって、チームレジリエンスの概要と、それを高める方法が詳しく明かされたのが、本書なのです。
「チームレジリエンス」が脚光を浴びる理由
なぜ、チームレジリエンスが近年脚光を浴びているのでしょう?
その背景として、ビジネスにおいてチームの果たす役割が、昔に比べて格段に重くなってきたことが挙げられます。
たとえば、本書の次のような一節――。
《ここ数十年で働く主体は「個人」から「チーム」へと変化しています。
技術の進歩により、単純な作業はAIや機械に移行し、人間は新しいアイデアを生み出す仕事に集中するようになりました。
その結果として、働き方は「個人で定型業務を行うスタイル」から、「チームで複雑な課題に取り組むスタイル」へと変化したのです》
また、次のようなデータも紹介されています。
《株式会社ラーニングエージェンシーが2021年に行った調査によると、10年前に一般社員に期待されていたこととして、「チームで協力して成果を上げる」ことを選択する人は 29・9%だったのに対して、現在期待されていることとして、「チームで協力して成果を上げる」ことを選択する人は、74・0%に及びました》
会社の仕事における個人プレーの許容範囲は、昔に比べて大幅に狭まり、「チームで協力して成果を上げる」働き方があたりまえになってきたのです。
チームレジリエンスが注目されるもう1つの理由として、あらゆる企業が昔に比べて「不確実性」の困難に直面しているということもあります。いまは「VUCAの時代」と言われ、未来と現在についての不確実性が高まっているからです。
さらに、本書の次の一節の通り、企業の競争サイクルも昔より短くなっています。
《経営学では「ハイパーコンペティション(超競争)時代」とも称され、企業同士の競争の時間的サイクルが短縮化していることが指摘されています。
以前は、ヒットした製品の改善を続けていれば、業界のポジションを守ることができました。ところが現代は一度「競争優位」を築いても、あぐらをかいていられる期間が以前よりも劇的に短くなっているというのです》
ビジネス環境の不確実性が高まり、競争サイクルは短くなり、ビジネスはいっそう複雑化し……と、さまざまな面で企業が困難に直面しやすい時代と言えます。
だからこそ、これからの企業はチームレジリエンスを高め、困難に備えなければならないのです。
個人のレジリエンスとチームレジリエンスは異なる
本書には、“個人のレジリエンスとチームレジリエンスは似て非なるものだ”という興味深い指摘があります。その理由はさまざま挙げられていますが、たとえば次のようなことです。
《個人レジリエンスが高ければ、チームレジリエンスも高いだろうと言うのは、よくある誤解の1つです。
リーダーのレジリエンスやメンバー1人ひとりのレジリエンスが高ければ、問題に直面しても乗り越えることができるため、チームメンバーとの相互作用の仕方などといった、チーム独自のレジリエンスについて考える必要はないと認識してしまう人が多いのです》
《レジリエンスの高い個人は、困難に遭遇すると、焦点をチームから個人に移す傾向があり、チームよりも自身を守るような行動に出る可能性が高くなることです。
個人レジリエンスの高い人は、自身の生存と成功のために必要なことを行いますが、その選択肢の中にはチームを放棄する可能性も含まれているのです》
つまり、“レジリエンスの高い個人を集めてチームを作れば、自然にチームレジリエンスも高まる”というほど単純ではないのです。
チームレジリエンスを高めるには、個人のレジリエンスとは異なる独自のノウハウがあり、それは本書で詳しく解説されています。
「3つのステップ」でチームレジリエンスを高める
本書は、チームビルディングの実用書としてもたいへん有益です。
チームビルディングの解説書は世にあふれていますが、その中にはエビデンスが乏しいものも散見されます。それに対し、本書はチームレジリエンスに関する多数の研究論文を踏まえていますから、エビデンスの豊富さは折り紙付きなのです。
とはいえ、本書は学術論文のような堅苦しい内容ではありません。随所に図表が織り込まれ、わかりやすさについての工夫が幾重にもなされています。
そして、チームレジリエンスを高めるための道筋が「3つのステップ」に分けて解説されており、それに沿って読み進めることで、自分の組織には何が足りないかなどがわかるように構成されているのです。
「3つのステップ」とは、チームが困難に直面したとき、次の3ステップを踏むことでチームレジリエンスが発揮されることを言います。
《ステップ1:課題を定めて対処する
ステップ2:困難から学ぶ
ステップ3:被害を最小化する》
これだけを見ても中身がよくわからないでしょうが、本文ではそれぞれのステップについてこと細かに解説されています。
ただし、3つのステップをすべて完璧に行えるチームは稀であり、チームの現在の状況に応じて、まずどのステップに注力すべきかが示されます。
《業界や職種によって3つのステップの優先度が異なる》こともあり、《“守り”主体のチームは「被害の最小化」が求められ、“攻め”が主体のチームは「対処」が求められる》などという差異もあるからです。
また、3ステップを遂行していくためには、土台となる「チーム基礎力」がなければならず、それを強める努力を優先すべきケースもあります。
「チーム基礎力」の構成要素は、次の5つです。
《1.チームの一体感
2.心理的安全性
3.適度な自信
4.状況に適応する力
5.ポジティブな風土》
それら5つの基礎力を高めていくために、どのような工夫と努力が必要なのかも、詳しく解説されています。
失敗パターンを回避するコツも
さらに、3つのステップを遂行するうえで陥りやすい失敗にも言及され、それを回避するコツも詳しく述べられています。
一例を挙げます。
「困難から学ぶ」には、その困難の「振り返り」の励行が必要ですが、せっかく振り返りを行っていても、それが「学び」になっていないケースが多々あります。
著者は、なぜそういうケースが生まれるのかを分析して、次のように言います。
《困難後の振り返りは犯人探しや謝罪の場になりがちです》
《チームレジリエンスにおいて「誰かのせいにして、事態を収束させる」ということは、最もやってはならない最悪の展開です。
もちろん、法律を犯したり、倫理的に明らかに誤った行動をとったメンバーがいた場合には、社会人として厳しく断罪すべきケースはあるでしょう。
しかしVUCAに起因した困難な状況によるストレスを、特定の誰かのせいにしていても、永久に困難もストレスも解消されません》
そして、不毛な「犯人探し」に陥らない、実りある振り返りにするためのポイントが解説されるのです。
……以上のように、本書はチームレジリエンスの高め方が、懇切丁寧に解説されています。
あらゆるチームリーダーにとって有益な一書でしょうし、中小企業経営者にとっては、自社の組織力・団結力を高める知恵が満載です。
池田めぐみ・安斎勇樹著/日本能率協会マネジメントセンター/2024年5月刊
文/前原政之