40分の使い方の最適解
「釜で炊いた飯はうまいよ」
ひとりで箱根旅行に向かうべく
計画を立てている私に先輩が言った。
美術館をどう巡るかで頭がいっぱいだった私は
適当に相槌を打ち、Googleマップと向き合った。
どうやら星の王子さまミュージアムの近くには
食事処が多くありそうである。
昼ごはんはこのエリアで食べようと決めた。
当日、ガラスの森美術館を後にして
星の王子さまミュージアムへ向かう道を
てくてくと歩いた。
道中、流れる川から硫黄の香りがした。
早起きしたのでずいぶんとお腹が空いていた。
時間を見ると11時半に差し掛かろうとしている。
先に昼ごはんを食べようと周囲を散策すると
釜めし屋があった。
ふと先輩の言葉がよぎった。
「釜で炊いた飯はうまいよ」
釜飯を食えとも解釈できるこの言葉に背中を押され、年季の入った暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ~」
柔らかく高い声が聞こえた。
靴を脱ぎ、奥に進むと、腰の曲がった見るからに優しそうなおばあちゃんが迎えてくれた。
座敷の席に座り、いくつかの種類の中から鮭といくらの釜めしを注文すると、おばあちゃんが言った。
「温泉、入られますか?」
温泉?
釜めしを食べに来ただけなのだが、温泉に入るとは?
状況を理解できずに一旦はお断りしたが、ネットで慌ててその店を調べると、どうやら温泉が併設されているらしい。
釜めしが炊き上がる40分間の間に、温泉に浸かれるのだ。
やっぱり温泉入ります!と宣言して、100円でタオルを購入し、いざ温泉に向かった。
男女に分かれた脱衣所はこじんまりとしていたが、浴室はそれなりの広さがあり、おそらく3人くらいなら足を広げて入れるほどの浴槽を完備していた。
ラッキーなことに客は自分ひとりであった。体を洗い流し、浴室に浸かると、箱根まではるばる遠出した疲れがじんわりと溶け、体の芯から温まった。
脱衣所に戻ると、天井近くに取り付けてある扇風機から送られる風が体に当たり、なんとも心地よかった。
穏やかな気分で自分の席に戻り、お昼の情報番組をぼんやり眺めていたら、ほどなくして釜めしが運ばれてきた。
蓋を開けると香ばしいにおいがふわりと漂い、お茶碗によそうと現れるおこげがなんとも食欲をそそった。
別添えのいくらを少し乗せて口にすると、「これがこの世の幸せか」と気づいてしまうほどに美味しかった。
おなかが満たされ、体も癒され、なんと素敵な経験をしたのだろうか。
日頃、空腹時は手負いの熊と化している私だが、こんなにも心穏やかに空腹の40分を過ごしたことはいまだかつて、そしてこれからも無いと思う。
星の王子様ミュージアム閉館の報を受けて思い出した箱根の思い出です。
ちなみにそこで買った星の王子様のクリアファイルは職場で目下愛用中。
使い倒されすぎて、上司に、「星の王子様がかわいそうだ」などと言われている。
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