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すみれ摘みの人生

大きなかぶが、2つに割れた。
中にはシチューとカレーが入っている。子どもたちが笑顔になる。


わたしの口もとも、すこしゆるんだ。

ドラえもんのひみつ道具を模した、1年に1度だけの”特別なごはん”をつくったその日の夜、ひとりで湯船につかりながら「今年もひとしごと終えたな」と考えていた。

「畑のレストラン」に似た料理は、毎年12月30日につくると決めている。



そうか、もう年の瀬なのだ。
頭の中で1月から2月、3月から4月と、目まぐるしく過ぎていった日々が2倍速で再生されていく。

10月のシーンまで来て、ふいに、ほろりと涙が落ちた。


昨年家族を亡くした。
10年いっしょに暮らした猫だ。

1週間は泣き暮らして過ごしたのに、すこしずつ悲しみが薄れていって、年末の慌ただしさに溶けていった。


ここ最近、こころから笑えていた。

でも思い出したらもうだめだった。
とろりとろりと、蜜がしたたるように、後からあとから涙が落ちてくる。


書くとき以外は泣かないと決めたのに。

ぬぐっても止まらない。深呼吸してもだめだ。──なにか、なにか違うことを。

歌う。

「ファジーネーブルのにおいでぇーわたしどーこかっ、とんでけーそう」

お風呂場の湯気で喉がうるおい、カラオケで出せたことのない、しっとりした声が出た。


バタバタと足音がしたかと思ったら、曇りガラスの向こうにトーマスが透けた。
子どもたちが「やば、ママうたってるー」と、にやにや笑いながらのぞきに来た。

べー、と舌を出して、続けようとすると。

「あまぁい にがい せつーない、おもいをー」
「のみほしてぇしまいたあーい」

扉の向こうから、続きが聞こえた。


やばいな、と思ったら声を出すこと。
それは去年学んだことの、ひとつ。




大好きな猫は2024年に置いてきた。
わたしは今を、生きなくちゃいけない。


意識しなくたって生きてる。
呼吸して食べて寝て、仕事して。わたしの場合は家事と子育ても。
ううん、それはきっと”生かされてる”んだ。


自分の意思で生きてるんじゃなくて、バスに揺られているだけの感じ。
気楽なお客さんにすぎないということ。

去年そうだったことをわたしは後悔していた。もっとできることがあったんじゃないか、と。

わたしの目に映る景色はいつも「いま」じゃなかった。
どこか遠い、曖昧な未来であったり、過去に置いてきたはずの悲しさだったりした。目の前の猫に100パーセントの意識を傾けたことは少なかった。


きっとどんなふうに生きたって、後悔を0にすることはできないのだと思う。でも、それでも、減らすことならきっとできる。

だから久しぶりに”あれ”をやることにした。



わたしが10年書いたブログの中でも、毎年お正月にたくさん読まれる記事がある。
たぶん「新年 抱負」などのキーワードでたどり着いているのだと思うその記事は、だれでもかんたんに目標を決めるコツを書いたもの。

やり方はかんたんで、ブログにある漢字一覧表のなかからぴんとくる漢字を選ぶ。そうしたらその漢字を使った単語を洗い出していく。
ここまでやると、するする目標が決まる。

なんのはなしかわからないと思うので、実際に紹介したいと思う。



まずは完成系から。
今年やりたいこと10個を、ひとつの漢字から絞り出した。

1.毎週「振り返り」をする
2.歳時記ノート12ヶ月分をつくる
3.1日10分の「子どものひとりじめタイム」をつくる
4.1日10分本気で整頓する
5.月刊toteの発刊12ヶ月分を目ざす
6.コミックエッセイのためのキャラクターを完成させる
7.自分の痕跡を消さないコラムを10本書く
8.フットワーク軽く会いたい人に会う
9.思い込みや心無い言葉でかけられた"呪い"を見つけて3個解除する
10.未来設計図を3月までに編み直す

最初にするのは、漢字をひとつ選ぶこと。おみくじを引くような、気軽な感じでいい。
わたしが選んだのは「生」という漢字だ。

猫との別れは去年に置いてきたつもりだけれど、でも、わたしの心まで置き去りになっていた。
数歩進むことはできて、笑えるようになって、でも、”今”に追いついていなかった。


なんのために、どうやって生きていくのか。はじめて頭に浮かんだ哲学的な考えがどうしても消えてくれなくって、わたしの足を引っ張っていた。


それなら、徹底的にそれに向き合う1年にしようと思った。
今ならちょうど迷子なのだし。時間は今までよりきっと、たっぷりある。


漢字がひとつ決まったらここでひと区切り。

これはべつにやらなくてもいいのだけれど、わたしの場合は、もっと磨き上げたくってキャッチフレーズをつくるようにしている。
はじめはシンプルに考えてみた。

今、ここを生きる。

検索したらいっぱい出てきた。やり直し。


今を生きる。

シンプルだけど、ふわふわとキラキラが足りていない。




ふと思った。……キャッチフレーズには「生」を入れなくてもいいのかな。

目の前にある大切なものを見落とさないように生きたい。そういう意味にさえなれば。

見落としたらどうなるんだろう?
それがたとえば、とても大切なもの。宝石……だと誰がみても大切だな、きっと違う。

それじゃあ、野の花だとしたら?
足元を見ていないときっと、気づかずに踏みつぶしてしまうんじゃないかな。後から振り返って気づいて後悔する。そう思った。


野の花……いろいろあるけどなんだろう。

清楚なのがいいな。
おおいぬのふぐりだとか、赤花夕化粧だとか、庭石菖だとかいろいろ思いつくけれど、きっと、ほとんど誰にも伝わらない。

語呂もよくない。
仮に誰にも見せないものだとしても、口にしたときの”音”がよくないと覚えにくいのだ。

わたしは”見たもの”を”見たまま”記憶するタイプだから、字づらも大事。見ていてきれいでしっくりくると、覚えやすい。



ふと部屋の壁に目がいく。
紫の絵画がかかっている。青みがかった綺麗な色。

──あ、「すみれ」っていいかも。

野の花なのに誰でも知っていて、しかも主張しない控えめな姿。


とりあえず、いろいろ書き出していく。

菫の花をつぶさないように歩く
すみれの花を踏まずに生きる
すみれを踏まない生き方
菫を踏まない生き方
すみれを踏みつぶさないように生きる

長すぎると覚えにくい。これは一年を総括する言葉だから、広告のキャッチコピーみたいな覚えやすさと、映像の広がりがほしいなと思った。

すみれは漢字かひらがなか、どちらにしよう。


踏みつぶさないようにというのも、すこし主体性に欠ける気がした。わたしが目指したいのは、バスにぼんやり揺られている間に目的地に着くことじゃない。

自分の生き方を、自分で決めることだ。


菫を摘んで生きていく
すみれを摘んで生きていく
すみれを摘む

ああ、なんだか良くなってきたかも。

踏まないようにするというよりも、「摘む」という言葉のほうが、わざわざ足を止めてかがんで行なう作業だから目を向けている雰囲気がある。
しかも、集めるというのが前向きでいいなと思った。

こうして、2025年のテーマが決まった。

すみれ摘みの人生



検索してみたら、万葉集の中に「すみれ摘み」という言葉が登場することを知った。

春の野に すみれ摘みにと 来し我ぞ 野をなつかしみ 一夜寝にける

山部赤人

調べてみると、意味もなんだか良かった。

春の野にすみれを摘もうと来た私ですが花の美しさに心ひかれ、野原で一晩を過ごしてしまった

(コニシさんで映像が脳内再生される)


想像するとくすっと笑えるような愛しさのある句だ。なんのはなしですか、と、言いたくなる。

本来の目的からずれているけれど、目の前にあるものに向きあい、夢中になっている様子が、わたしの今年目指したいものにぴったりだと思った。


今年の漢字が決まった。「」だ。
そこからキャッチフレーズが生まれた。「すみれ摘みの人生」。




次に、「生」という文字から3つの言葉をたぐりよせた。

「生活」
「生み出す」
「生まれ変わる」

もし、しっくりする熟語や言葉がなければ、最初にもどる。漢字を選び直しても大丈夫。

3つの言葉が決まったら、次は3つずつ、すこしだけ具体的なやりたいことをつけ加えていく。


生活
生活を愛おしむ
生活を育む
生活を仕立てる

生み出す
あなたの手元に残るこころを
自分のちいさな分身を
自分を消さない言葉を

生まれ変わる
羽化して飛び回る
呪いをほどく
未来を編み直す

余力があれば、このときの言葉選びにもとことんこだわってみると、記憶に残りやすくなる。



単語ごとの3テーマが決まったら、あとは肉づけしていく。実際に動くためにはこのままだと不十分。
「数」の魔法を借りながら具体的なやることをメモしていくのだ。


生活
生活を愛おしむ
 歳時記ノート12ヵ月分を完成させる
生活を育む
 1日10分でもいいから子どもの「ひとりじめタイム」をつくる
生活を仕立てる
 1日10分本気で整頓する

生み出す
あなたの手元に残るこころを
 月刊誌toteの1年分発刊を目指す
自分のちいさな分身を
 コミックエッセイのためのキャラクター作り
自分を消さない言葉を
 自分の痕跡を消さないコラムやエッセイを目指す

生まれ変わる
羽化して飛び回る
 フットワーク軽くいろいろな人に会う
呪いをほどく
 思い込みや心無い言葉でかけられた呪いを見つけて一つひとつ解除する
未来を編み直す
 未来設計図を編集し直す

かなり具体的になってきた。
もう少しがんばることもできるけれど、とりあえずはここまで。


言葉の力はあなどれない。
何年前だったか、ここまでをやった状態で、すっかり忘れて次の年末になった。ところが、こうして書いたことの半分以上が叶っていたのだ。  


「カラーバス効果」という考えがある。

ある情報を意識すると関連する内容が目に入りやすくなるというもの。目に入っていた。だから、叶うようになったのではないかと思っている。



わたしは足元のすみれにすぐ気づける存在になりたい。

そしてできればそれを愛おしみ、大事に育んでいきたいと思っている。




(4,000字)



ここ5年ほどは、子育てをしながらブログを書くことに溺れていて、目標のつくりかたを伝えることしかできずにいた。

久しぶりにじっくりと、それも、Todo1歩手前のフレーズを磨き抜いてきたら、頭の芯の部分に記憶が残りそうな確信があった。


すみれ摘みの人生


摘んだすみれは、ていねいに洗って、"すみれの砂糖漬け"にするつもり。

なにげない日常、食べもの、家族、友だち。noteの中で見つけた素敵な文章や、仲良くしてくれる人たち。
その一瞬一瞬を切り取って、ふわふわキラキラの砂糖でコーティングして、大事にたべる。

そんなイメージで今年を、いまを生きたい。



ここまで書いたあと、横で眠る息子の寝顔をじっくり見てみた。


昨夜も子ども部屋で入眠したけれど、夜中にふらふらと寝室に歩いてきた。
何度か自室に戻って、大きなぬいぐるみをふたつ運んでくると、安心したようにぽすりと布団に倒れ込み、すぐに寝息を立てたのだった。


まつエクのように長いまつ毛がふるふる揺れている。
髪の毛は細く柔らかくてふわふわしているのに、まつ毛は一本一本芯が通ってる感じがあった。

頬にそっと触れると、赤ちゃんのモロー反応みたいに手が動いた。


このなにげないしぐさも、きっと書かなければ消えてしまう記憶だ。
書き出してみて思った。


小2娘の宿題で、生まれたときや0歳のときのことを聞かれたのだけれど、うまく言葉にできないのだった。
ほかの人にとってはなんの役にも立たない、わたしたち家族の小さなちいさな日常だとしても、もっと早くに書いてみたらよかったと思わずにはいられない。

そういう意味では、目標のひとつである呪いを3つ解くというのは、すでに叶っているのかも。
呪いを解くためには呪文が必要だった。


#なんのはなしですか 」と。




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三條 凛花 │  作家
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