猫に正体を暴かれた話
猫に正体を暴かれたのは、何年も前のお正月のことだった。忘れもしない。1月2日。
夫とわたし、そしてまだ幼かった娘は、夫の実家で年末年始を過ごしていた。
結婚前は必ず実家で年越しをしていたので、雪がない正月にはまだ慣れずにいたものの、だからこそ外で遊べる楽しさも味わっていた。
その日は、娘を寝かせたあと、暗闇のなかで夫婦それぞれぼんやりとスマホを見ていた。
小さな子がいると帰省中の夜は特にすることがない。お義母さん手作りの、定食屋さんみたいなおいしいごはんをいただき、人の手料理を食べられる幸せを噛み締めた。
ちなみに、夫の実家のお雑煮は、白味噌に丸もち。大根とにんじん、それからセレベスが入っている。仕上げに振るのはパセリ。
白味噌や丸餅のお雑煮は、結婚するまで食べたことがなかったけれど、こっくりした甘みがあり、癖になる。
セレベスというのは、里芋に似た野菜だ。四国のスーパー(少なくとも、わたしが住んできたところ)ではわりとよく見かける。
そして早めにふとんに入り、ゆっくりぼんやり休んでいた。
ふとLINEが来ていることに気づき、なにげなくアプリを立ち上げる。
「ぎゃ!」
わたしは思わず濁った声で、結構な声量で、叫んだ。
娘は横で寝息を立てていたが、夫にはとても叱られた。
そんなことはどうでもよかった。
心臓がばくばくした。
だって、だって、同じことが起こったら、誰だってそうなると思うのだ。
洒落怖すぎる。
小学校から仲が良くて、会う機会はないものの、いまだに毎年「あけおめ」を言い合っている友だちから来たそのLINEには、こんなことが書かれていた。
わたしは凍りついた。呼吸は荒く、過呼吸を起こしそうだった。頭の中にはたくさんの疑問符。
ひどい吐き気に襲われた。
その子は信頼できる友人だったので、肯定したうえでわたしを特定した理由を、問うてみることにした。
ほんの数行打つのに何度も消しては書き直した。
ようやく送信ボタンを押せたのは、数十分が経過したあとだった。手足がひどく冷たい。
返事が来るまでのほんのわずかな時間(十数秒)が、永遠のように長く感じられた。
当時、顔を一切出していなかったにもかかわらず、──猫のせいで身バレしてしまった。
それが、わたし。
( #なんのはなしですか )
さて、猫に正体を暴かれてしまったわたし。
この子だから良かったものの、ほかの人にバレてはたまらない。
(※なお、SNSのLINE連携など身バレの可能性につながるものは、事前に調べてかなり慎重に対応していたので、本当にたまたまとしか思えない)
そこからは速かった。
わたしは爆発的な行動力を発揮した。
猫を、消した。
LINEのアイコンからも、年賀状写真からも。
とにかく、現実世界で他人の目につくところから、すべての猫を、消したのだ。
同じものは残っていなかったので、イメージ写真を掲載する。
それから、すべての画像を差し替えていった。あいにく、使えそうなものがない。
そのへんのスーパーで買ってきて、適当に生けた、センスのない花の写真に変更せざるを得なかった。
SNSにも、ブログにも、たくさんの猫写真を送り出している。
家事本著者のはずなのに、なぜか猫への取材依頼をもらうことが多く、雑誌の猫特集や、はては猫本にまで掲載されてしまった。
ボツになったけど、じつは、テレビの打診まであった。
猫は、当時住んでいた東京のワンルームをとっくに飛び出していた。
わたしはもう、引き返すことなどできなかったのだ。せめて、猫とわたしが関係ないというように装うしかなかった。
先日、ぼんやりとインスタを眺めていた。
いつからだろう。仕様が変わり、フォローしていない人の投稿がたくさんタイムラインに表示されるようになった。
どうしてそれが出たのかわからないけれど、ぱっと表示されたのは、YouTuberのライブのようなもの映像。
YouTuberが一般客にインタビューをしているシーンを見て、眠気が吹き飛んだ。
「お、おとなりさん……!?」
見た目が、完全に一致していた。
話している内容からも、おそらく、95%、おとなりさんだ。
わたしは彼女と話したことがほぼない。
インスタで見ましたと告げることは一生ないだろう。この秘密を抱えていかなければいけない……
インスタには、ご用心。
▼わたしの正体を暴いた猫について書いたエッセイはこちら。
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