「なにか良いことでもあったの?」なにもない日の赤飯のご機嫌な食べ方
ハレの日の食卓に定番のお赤飯。
美しいあずき色に染まったモチモチのもち米と、適度な硬さを保ったツヤツヤの小豆、絶妙な塩味。
ハレの日じゃなくたって食べたくなる。
実際ハレの日でもないし何もお祝い事もないけれど、食べたくなったのでもち米とささげを買ってきて赤飯をつくった。
私がお世話になっているレシピはこちら。
電子レンジでつくれる手軽さが好き。
そして仕上がりも間違いないのだ。
電子レンジの健康への問題などを考えると本当はなるべく使いたくないんだけど、そうはいってもレンジの手軽さ、時短効果は素晴らしいものがある。
健康志向に傾きつつある時代なので、そのうちにより健康的な電子レンジに代わる家電がきっと開発されることを信じてる。
今のところの私は、このレンジを使った赤飯レシピじゃないと面倒臭がってつくらないことは確実なので、レンジ赤飯のお世話になっている。
ハレの日でもないのに、お赤飯。
まぁ、ハレの日じゃないと食べちゃいけないというものでもないはずだけど、「赤飯を炊いた、食べた」と言うと、「何か良い事でもあったの?」と聞かれることが多い。
「いや…、特にないんだけどね」と返事をする時に、良い事が起きていない現実に一瞬寂しくなったりする。
この0コンマ数秒だけの一瞬のさみしさ。
別にそのさみしさで凹んだり引きずったりするわけではないし放っておいてよいのだが、瞬時に消え去りスルーされてしまう心の反射的な反応も大切にしたいな、と思った。
そこで登場するのが、予祝だ。
先に祝っちゃう。前祝い。
これから良い事が起こる、と決定してしまう。
これはいい…!
と内心ほくそ笑んだ。
だって、一瞬のさみしさも消失して、代わりに感じるのは嬉しさ、感謝。
そして、これらの感情を先取りするとその現実も引き寄せやすくなる。
なんと、一石二鳥。
しかもしかも、一石を投じて得た二鳥はかなりデカいよ。
私が日々仲間と続けている感謝ワークでも、予祝というものが勧められている。自分の願いが叶ったことを想像して、今感謝を味わうというもの。
(感謝ワークについての記事はこちら↓)
こうして今回私は、これから起こる良き事を想像しながら前祝い気分で赤飯を頬張る。
いつもの赤飯より美味しい気がした。
一石二鳥じゃなかった。一石三鳥。
ぜひ、お試しあれ。