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用件人間マサコとオレオレ詐欺
祖母との電話は、いつだって一往復しかさせてもらえない。
93歳 団地暮らし
彼女は都内で一人暮らしをしていて、未だに家事も全て自分でこなす快活なばあさんだ。たまにヘルパーさんも来てくれているようだけど、週3回の透析を受けながらも、料理や編み物、ご近所付き合いと、忙しそうな毎日を送っている。
ちなみに「おばあちゃんね、もう先が長くないのよ」と弱気発言をしてからかれこれ20年は経過していて、その記録はまだこの先も更新されそうである。
とはいえ年齢が年齢だけに、「趣味 入院、特技 退院」と言えるくらいには病院に世話になってるから、私は定期的に体調確認の電話を入れるようにしていた。
ただその回答がなんとも自分勝手で、例えば私が
「おばあちゃん、海だけど。元気?体調どう?」と聞こうもんなら、
「元気だよ、あんたは今忙しいの?こないだあんたンとこのお母さんが梨送ってくれたわよ、ばあちゃん家いろんな人が来るからみんなお裾分けしちゃったわ、あと最近またセーター編んだのよ 秋に着れそうな薄手のやつ、見せてあげるから今度おいで。じゃあね。」
ガチャッ。プー、プー、プー…。
黒柳徹子ばりの脈絡のない弾丸トーク。それを聞く度に「今日も今日とて元気そうだ」と思うのだ。
他のやりとりも似たようなもんで、
「ばあちゃん、私今近くのスーパーいるけど、何か必要なものある?」
「ぶどうお願い!巨峰じゃなくて小さいやつね、皮ごと食べられるやつ」
ガチャッ。プー、プー、プー…。
「お盆休みにばあちゃん家行こうと思ってるんだけど、日曜は平気?」
「平気だよ、ついでに爺ちゃんの墓にお供えするお花も買ってきてくれる?駅前の花屋さん、『仏花ください』って言えばちょうどいいの用意してくれるから。」
ガチャッ。プー、プー、プー…。
受話器が置かれてビジートーンを聞くまでがワンセット。
いつなんどきでも、自分が話したいことを話し終わったら、すぐに電話を切る女。それが「用件人間マサコ」たる所以である。
そうだと思ったわ
平日の昼のこと。
マサコからの電話に母が出るや否や、彼女はものすごい勢いで言ってきたらしい。
「ちょっと、今おたくンとこの長男から『事故起こしちゃった』って電話があったわよ!『示談金を急いで振り込んで欲しい』なんて言うから『年金暮らしの老人にタカるな、馬鹿者!』って言ってすぐ切ってやったわ!そんなにお金に困ってるのかしらあの子ったら!おばあちゃんにはそんな余裕ないってのに、失礼しちゃうわ!」
誰彼構わずガチャ切りなんかい。
母が慌てて長男に事実確認を行ったところ、案の定長男は「そんな電話、ばあちゃんにかけてないよ」とのことだった。
つまるところ、マサコはオレオレ詐欺の電話を受けたようである。
母がその事実を伝えると、マサコは、
「あらそうなの、そうよね、そうだと思ったわ、あの子がそんなこと言うはずないもの、おばあちゃんには分かってたわ。」
ガチャッ。プー、プー、プー…。
その切り替えの早さが、なんともマサコらしい反応である。
その後、一応警察に届けを出して調査してもらったが、その電話番号はすでに使用不可になっており、犯人特定には至らなかった。でも、ガチャ切りしてくれたからこそ免れたかもね、と母は言っていた。
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普段「失礼だぞマサコ」くらいに思っていたガチャ切りが、こんなところで彼女の身を守ることになろうとは。人間何が役に立つかわからないものである。
ちなみに当の本人は、多分自分が用件人間だなんて思っちゃいないし、私がそう呼んでいることも知らない。
とりあえずこの話はまた、来年の正月にばあちゃん家に行った時、本人の口から聞いて、みんなで面白おかしくネタにしようと思っている。
※以前書いたミルク煮のばあちゃんは父方で、マサコは母方の祖母である。