ウクライナのパパとネコちゃんに会いたいの
くすみピンクのカーディガンにブレザー制服のスカート。真っ白な上履きはひときわ目立つ。
窓から風が吹き込むと、大胆に束ねられたブロンドの髪がなびく。
ヴァーニャのお姉ちゃんか。少しドキドキする。
10月にウクライナからやって来た8歳の男の子の通訳を、大阪の小学校でしている。
今日は、14歳の姉の通訳を頼まれた。
「今、性教育の授業をしているから体育館に行ってくれん?」
国語でも英語でも数学でもなく、性教育?
授業とはいえ、初めましての子とこの話をするのはちょっと気が引ける。外れくじを引いたような気分だ。
体育館には自由な空気が漂っている。
ヒソヒソ声で話す子やコクンコクンと船を漕ぐ子もいれば、ニヤニヤしている子もいる。
他の授業では感じないであろう自由な雰囲気に思わずクスッとした。
引率の先生もマスクから笑みが溢れていた。
体育座りをしている生徒たちの背中が大きくなる。ドキドキとワクワクで胸が躍り始めた。
「ナスチャ!ちょっとおいで!」
ナスチャと呼ばれたブロンドヘアの女の子が、体育座りの集団から姿を現した。
ポケトークで先生と何やら話をしている。
20秒もした頃だろうか。満面の笑みを浮かべ、ヨロシクネ!
嬉しかった。ほっとした。
彼女は、1週間前までウクライナの学校の授業を、オンラインで受けていたという。行きたくもなかった国の言葉を学ぶなんて嫌だった。
引率の先生からそう聞いていたから、少し閉鎖的な子なのかなと思っていた。
それは全くの杞憂だった。彼女の笑顔は、ひまわりのように眩しい。
授業の内容を通訳する。異性との性行為について話していると、恋人の存在を聞かれた。
2人とも今はいない。話に花が咲く。恋人がいない自由さで意気投合した。
「今は彼氏なんていらないわ、その代わり...」
避難民と関わるときは、悲観的にならないようにしている。
ナスチャはリラックマが好きだという。10年前の私と同じだ。
ヴァーニャは体育以外の授業が嫌だという。アルバイト先の塾に、こういう子が何人もいる。
だから他の生徒と同じように接している。
そんな彼らが心の傷を見せる時がある。大切な人を思う時だ。
ナスチャには出国してから連絡が取れていない人がいる。
「ウクライナのパパとネコちゃんに会いたいの」
(彼女の故郷、ザポリージャのニュース)
あの日以降バラバラになったのは彼らだけではない。
ウクライナ人の夫を持つロシア人の先生は、夫と離れ離れになったという。
モスクワの友達は、国営メディアの報道を信じている親や祖父母と対立し、家庭内で孤立しているという。
戦争は、何をもたらしてくれるというのか。
※ウクライナの男の子と女の子の名前は、仮名です。
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