どこまでも自分とともに生きていく|お手入れスクール感想 on August 6, 2024
/
やっぱりお手入れ(オイルトリートメント)が好きだし、これからも続けていきたいな
\
ということと
/
自分を癒し、満たしていくと、手とか、声とか、身体っていろいろ変わっていくものなんだな
\
というのが、今回のお手入れスクールで感じたことだった。
***
お手入れスクールの日の2週間くらい前から、身体にいろいろな反応が出ていた。
ものすごく重だるく感じたり
節々がミシミシと痛んだり
他にもいろいろ。
このときの症状は、いわば、成長痛のようなものだった。
肉体や内側が変わろうとしているときって、時として、こういうことが起こる。
今回のは、過去最大ってくらいに、かなりきつかったけど、これはこれで、必要な対処をして、通過した。
だけど、今回はそれだけじゃ終わらなくって。
いったん症状が落ち着いたと思ったら、また同じような症状が出たり、ひどく喉が痛んで、声が出なくなったり、咳が出だしたり。それに伴って、気持ちまでもどんどん落ちていく。
何が原因でこういうことが起こっているんだろう?
自分に問い続けて、人の力も借りて、突き詰めていったら、どうやら「抵抗」から来ているものらしいと行き当たった。
本来の自分を生きること。
今世自分が決めてきたことを成そうとすること。
それに対する、ものすごい抵抗。
今回ばかりは、もはや物理的な病気なんじゃないかな?との思いがよぎる一方で、「確かに、それあるかも…」と感じる面もあった。
***
自分の魂とベクトルを合わせて、ほんとうに「自分」を生きようとすると、何度も何度も、本気度を問われるようなことが起こるものなんだな、ということを感じている。
初めはトントンと進んでいた物事の前に、突然どーんと壁が立ちはだかって、「あれ?実は道を間違ってた?」って感じたり、どうやっても突破できそうにない、ふん詰まり状態に陥ったり。
そういうことは、今までにも度々あったんだけど、今回は確かにちょうど、心折れそうなくらいまでになっていた。
自分がこれまで積み重ねてきたものが、ジェンガのように積み上がっているとしたら、それが下の方から、がしゃーん!って全て崩されたような感覚。
それで、それまで仲を育んできていたインナーセルフとの関係も、崩壊してしまったように感じていて。
今回ばかりは本当にもう無理かも、もう一度立ち上がって続けていくことは難しいかも、本当はこっちに進みたいのは分かってるけど…って、もがいている状態。
うん、確かに私、抵抗しているかもって。
***
そんなことがあったあとの、お手入れスクール。
内側は、まだ完全には立て直せていなくて、
「いろいろあるけど、でも、最後の最後まで共にいてくれて、導いてくれるのは、インナーセルフしかいないんだよね」
「だからこそ、やっぱり唯一無二のパートナーであるインナーセルフとともに生きていくってことをやってみよう」
って、ひとつめの石を積み直したような段階。
体の方は、いろいろな症状はだいぶ落ち着いていたけれど、咳だけは残っている状態だった。
「ボロボロから回復できていない自分が、果たしてお手入れできるのかしら?」と思いながら始まった、実技の総復習。
だけど、いざ始めてみると、不思議なくらいに落ち着いて、軸を保ってお手入れできている自分に気がついた。
心が穏やかになって、「あぁ、やっぱりお手入れ好きだなぁ」って気持ちが湧いてくる。内側からじんわりと満たされてくる。
モデルさんも、あゆみさんも、その空間にいるみんなが癒されて、眠くなってくる。
この日は自分自身の手の変化も感じた。
私の手って、こんなにふんわりしていて、温かかったっけ?学び始めたころは、もっと薄っぺらくて、冷たかったような…。
タッチも、こうしようって意識しているわけじゃないのに、これまでとまるで違っている感じがする。
モデルさんからも「京子さんの手ってそんなでしたっけ?」、「手が前回までと別人みたいです」とのご感想。
そういえば、と、この前フェイシャルトリートメントをしていただいた、共に学ぶ仲間の手を思い出した。
その方の手は、触れられているのは顔だけなのに、ふんわりと全身を包み込まれているような癒される手で、そのことをお伝えしたら、「私の手、前はもっと硬かったんですよ」とのこと。
「お手入れには在り方が出ます」とは言われていたけれど、こういうことなんだな、
自分に寄り添って、自分を癒し、自分を満たしていくことで、身体まで変わっていくものなんだと実感した。
そして、あゆみさんから「お手入れを始めたら、咳が止みましたね」とのお言葉。
確かに。お手入れを始めるまで、ずっと止まらなかった咳が、気づけばピタリと止んでいる。
思えば、お手入れを始めてからは、ただただ幸せという気持ちだけがそこにあった。
不安とか、恐れとか、心配とか、そういった気持ちは一切出ていない。
純粋に自分が好きなことを、喜びとともにさせていただいている。
私とインナーセルフがぴたりと合致している。
だからきっと、その間は抵抗がすっかり消えて、咳も鎮まっていたのだろうと感じた。
インナーセルフと共にあるって、こういうことなのか、とも。
***
その日から、少しずつ、内側も身体も回復していった。
私はあんなにも自分勝手に心を閉ざして、アクセスを絶ってしまっていたのに、再び訪ねるようになった私を、インナーセルフは怒ることなく、温かく迎えてくれた。
毎日、ちょっとずつだけど、インナーセルフとお話しする時間を持つようにして、その日必要なことをするってことを再開していった。
そうしたら、体調を崩して以来、インナーセルフを遠ざけて、本来したいことに背を向けていた間は、不安やら何やらで、胸のあたりがわさわさしていたんだけど、
「今日は、これとこれをやるよ」ってお話しして、そのことをやり切ったら、すごく内側が満たされて、清々しい気持ちにもなっていることに気がついた。
それと連動するように、現実もまた少しずつ動き始めた。
***
本当に満たされて生きるって、インナーセルフとともに生きていくってことなんだなってことを体感した、今回の出来事。
逆に、予感はあるのに、あれこれ理由をつけてやろうとしなかったり、目をそむけていたら、なんだか不足感があったり、「どうせ…」とか「そうは言っても…」って気持ちに傾いていくものなんだなとも実感した。
一度崩れてしまった関係を再構築し始めてからは、インナーセルフとの関係が、以前よりも密になっていると感じている。
少しは打たれ強くもなったかな。
前よりも自分が少し、しなやかに、たくましくなっている感じがして、ものすごくきつかった今回の一連のことも、今は、経験できてよかったと感じられている。