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天と地を行き交う響き : J・マクラフリン:ギターとインド楽器の饗宴
前置き
月がささやき 石が吠える ~ 長谷川時夫という実在
2024年2月4日NHK・ETVで放映され、興味本位に録画していて、後日に見ると、その人物の生きる「世界」に圧倒されました★!☆
この人物のことを述べるのが今回の記事の趣旨ではないのですが、NHK・HPの番組紹介を要約引用しておきます;
石と石を叩きつけ、その響きから、人間もまた宇宙の小片に過ぎない、・・自らの音楽は自然との感応から生まれるという長谷川さんは、70年代に前衛音楽グループのタージ・マハル旅行団に参加、その後、新潟の山村に移り住み、以来50年、美しい月と雪深い大自然に呼応しながら独自の音楽を探求。
音楽とは宇宙に感応するための“行”だと語る長谷川さんの生き方を“求道者”と呼ぶ人もいる。大都会・東京を離れ、なぜ山里に籠もったのか、その音楽と半生をたどる。
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なお、長谷川さんは、インドの民芸画を収集し、自らも重機を繰り出して廃校になった現地の小学校を改修して私設の「ミティラー美術館」を開設、館長も務められているとのこと。
本題に入ります
ジャズ・フュージョン界の巨匠ギタリスト
ジョン・マクラフリン John Mclaughlin とは、60年代後半、ジャズトランペットの王者マイルス・デイビス Miles Davis のアルバムに参加して、一躍その名を知られるようになり、自らのバンドであるマハヴィシュヌ・オーケストラ Mahavishnu Orchestra を率いて、ロック、ジャズ、ポップス、クラッシックなどを融合した “ フュージョン: FUSION ” という新しい音楽ジャンルを1970年代に創り出した一人です。
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私は彼のCDアルバムを20枚以上持っており、一人のミュージシャンでは一番多い数です。彼の音楽傾向は、時期による変遷が激しいのですが、常に根本にあるのはインド哲学への関心とインド音楽への傾倒、そしてルーツであるジャズの即興性だと思います。彼のエレキギターによる激しいテンポと超早弾きのサウンドもいいのですが、インド楽器の奏者たちと組んだグループ、シャクティ SHAKTI の演奏による緩急自在に躍動するリズムと沈思黙考するような響きのアンバランスが素晴らしいです。
そこで今回は、このシャクティ SHAKTI に注目した音楽を紹介します。
この世ならぬ響きサントゥール
もう、20年以上前の話です・・
実家で雑多な物の片づけをしていたら、20代の頃に切り抜いていた新聞記事の束が出てきました。懐かしく見ていると、1986年9月の記事「レコードこの一枚」が目に入りました。
それは、今までに私が耳にした楽器の中でも最も好きな音色を出す民族楽器:サントゥール santur のことを初めて知った記事でした。
記事を書いていたのは、思想家である松岡正剛氏編集、伝説の総合雑誌『遊』の装丁を手がけていた著名なデザイナー杉浦康平氏です。
補足1:
ところで、このサントゥールとは、台形の共鳴体に張られた多数の金属製の弦をばちで打って演奏する楽器で、同系の楽器として、西欧圏のハンマー・ダルシマーや中国の揚琴などがあります。
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杉浦氏が、サントゥール演奏の名手 Shiv Kumar Sharma シブクマール・シャルマのライブをインドで直に見た印象を書いた部分を要約引用します;
シャルマの指先は、弦を打つスティックを生きもののように操ってゆく。落ち葉の静けさを想わせる、聞きとりえぬほどの金属弦との密やかな触れ合い。蝶の鱗粉の輝きに似た妖しい音の震え・・・
かそけき音の戯れにしばし聴覚をゆだねていると、いつのまにか、身のまわりに金色に見え隠れする微風がゆらめいている。旋律線はくりかえしをまし、・・・天上的な音のゆらぎが結晶化へとむかう。
この記事を読んだだけでたまらなくこの音を聴きたいと思いましたが、当時は、 youtube 検索などあろうはずがなく、音源を手に入れる当てはないまま、20年近く歳月は流れました・・・
★ついに、その幻の音を聴く★
J・マクラフリンがインドの民族楽器奏者たちと組んだグループ:シャクティ Shakti が2000年にボンベイで行ったライブの輸入盤CD: Saturday Night in Bombay のジャケットを福岡市内のタワーレコード店頭で見ていると、アルバム裏に、
Shiv Kumar Sharma, santur
と記されていました、これは、あの杉浦康平氏お薦めの演奏家です!
私はすぐに購入し、20年ぶりに埋蔵金を掘り出すような気持で聞いてみました。曲目は Shringar、26分近い長さ、譜面なしのアドリブ演奏です。
最初しばらくはシャルマの独奏が続き、おもむろにマクラフリンの低音のエレクトリック・ギターがさりげなく奏でられ、やがてはタブラなどの打楽器も加わって、音とリズムの饗宴となりました、・・・
さて、あの杉浦氏の美しい言葉がずっと20年近く、潜在意識下に眠り続けていたのでしょう、初聞きでは、杉浦氏の言葉の方が勝っていました、・・・
やはり耳がすぐにはなじめなかったのでしょう、・・ですが、くりかえし聞くうちに、ある日ふと、そのサントゥールの妙なる響きがピタッと自分の身体と心に沁み込むような気がしました。そうなるともう、完全に音の虜になってしまい、時間さえあれば繰り返し聞いて、その音の流れに没入して宗教的法悦感さえも感じるようになったのです。
このCD盤そのままのライブ映像が youtube に投稿されていますので、紹介します。
Shringar という曲、出だし4分半ほどはシャルマの独奏、やがてマクラフリンのエレキギターが重なり、9分ほどの演奏、長いので最初の1~2分だけでもサントゥールの不可思議な魅力は伝わるはず。
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https://www.youtube.com/watch?v=SZWkG1HNg0w 2.9万回視聴
インドの伝説的フルート奏者と共演
「リメンバー・シャクティ remember Shakti」 という、1997年録音のライブアルバムでも、マクラフリンとインドの演奏家たちとの激しいテンションと瞑想状態が交錯したようなスリリングなアドリブ演奏が繰り広げられ聴きごたえがあります。
中でも、北インド古典の伝説的フルート奏者ハリプラサドゥ・チャウラシア Hariprasad Chaurasia とのデュオで、zakir という曲のアドリブ演奏は、夕暮れの迫ったオレンジ色の大地に安らかな祈りを捧げるような法悦感に満ちた特別な時間を与えてくれます。
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では、その Zakir、演奏時間は約9分と長いですが、最初の数分を気に入るならば、「法悦感」訪れます!
https://www.youtube.com/watch?v=UsQSPgvho5Q 1.1万回視聴 CM我慢
最後に
アドリブ演奏というのは、その昔、バッハやモーツアルトが活躍した時代からすでに行われていたらしく、現在のように譜面を見ながらの演奏会とは違う印象であったらしいです。クラッシックコンサートにありがちな、きちんと正装した格好で静かにマナーよく聞く音楽というよりも、ライブハウスの生演奏のように、雑然としていながらも緊張感のある、しかも自由気ままに音そのものを楽しむことも、より「生きた体験」として感じられるかもしれません。
そのような、「ライブによるアドリブ演奏」の醍醐味を教えてくれたアーティストが、ジョン・マクラフリンという凄いギタリストなのです。このイギリス人の創り出す音楽は、今でも私の創作欲を喚起させ、さまざまなイメージの霊感を与えてくれる、武満徹と双璧をなす巨匠なのです、私にとっては。
なお、80年~90年代には、ジョンと、スペインの名人パコ・デ・ルシア、アメリカの人気者アル・ディ・メオラ 3人のスーパーギタートリオとして、世界中で演奏活動を行い、大人気でした。
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ちなみに、マクラフリンの初期の名曲に lotus feet があり、以下の1979年ライブ映像では、スペインの名人ギタリスト、パコ・デ・ルシア paco de lucia とのデュオで、アコースティックギターによる想いにあふれる名演奏が視聴できます。
lotus feet、3分ほどの短い曲です:
https://www.youtube.com/watch?v=yOZgsopLA1c 10万回視聴!
補足2:
冒頭に紹介した長谷川時夫さんと J・マクラフリンとは、生きた時代と音楽シーンがほぼ重なっており、お二人のインドへの傾倒も含め、どこか音楽の志向や生き方に通底しあうものを感じます。
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