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やりがい

片山ミズキは入社後の研修期間を経て営業管理部に配属された。そろそろ一年が過ぎようとしていた。

いくつかの内定を蹴りこの会社に入社を決めた決定打は人事部の担当者がやさしかったからという業務とは全く関係のない理由だった。


上司の松山は何でもコピーを取る。なんならコピーにメモを書き入れたいけれど、それを汚したくないから、またそのコピーを取るのだ。松山の机上は紙の山になっていた。地震が来ればあの山は雪崩が起きるだろう。

(ペーパーレスに逆行している会社と知っていれば入社はしなかったのに……)

物事を深く考えずに入社してしまったことを心の中で嘆いていた。それに未だにまともな仕事をさせてもらったことがない。

「片山さん、これ10部、コピーして」

(またコピーか……)


原稿を受け取りパラパラとめくった。

「両面ですか?」

「あぁ。両面で」

いちいち尋ねないといけないこの『両面』か『片面』か『縮小』か『拡大』かも煩わしい。一度に指示してもらいたいものだ。


三年先輩の高木がニヤニヤしながら耳打ちしてきた。

「いい加減、配布はPDFにしてほしいよね」

(あなたはいいよね。コピー役は後輩の私に移っていったのだから……)

やりがいがある仕事をしたいと思うけれど、この会社の営業管理部の中の簡単な業務しかわからないミズキにはそれが何かなのかもわからなかった。

(やりがいってなんだろう……)

入社したての休みの日には、よく友人たちと会っては新生活の話をした。なぜだか皆が眩しくて、羨ましいと思う話ばかりだった。

「やりがいあるよ!」

胸が痛くなった。

「ミズキはどんな仕事しているの?」

答えられなかった。

友人たちと会う回数は段々と減り、一年過ぎた今ではほとんど連絡も取り合うこともなくなっていた。

連絡の来ないスマートフォンの画面を眺めていると、友人たちの充実した生活が目に浮かぶようで辛かった。

ある日、声の大きい松山の一言が耳に入ってきた。

「そんなのは片山にやらせればいい」

松山が高木に放った”そんなの”とは、コピー取りのことだった。

ミズキの中で何かが切れた。

(”そんなの”って何?!)

ミズキはやりがいを求めて転職を決意した。

やりがいが何かもわからないけれど、少なくともコピー取りではないのではないか。コピー取りならば誰よりも早く上手にできると思うけれど、それをやりがいとはしたくなかった。

「何か質問はありますか?」

転職サイトを見て応募し、有給休暇をとっては面接を受けてきた。ミズキの質問はたったひとつだった。

「ぺーパーレス化は進んでいますか?」

人事部の共有ホルダーからファイルをダウンロードして内容を入力した。

『退職届』

ミズキはこのコピー機から出てくるコピー用紙を山のように見てきたが、これまでにない晴れやかな気持ちで一枚の紙を印刷したのだった。


(1155文字)


ピリカさん はじめまして。
よろしくお願いします。

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