『国家はなぜ衰退するのか』と『銃・病原菌・鉄』の地理的要因についての考察
なぜ貧困が生じるのか
「国家はなぜ衰退するのか」という複雑な問い—近年の中国の急速な経済発展や、ソ連の繁栄から衰退への転落、そしてアフリカの持続的な貧困—に対して、どのような答えを提示できるだろうか。貧困問題は経済学の専門家でなければ解明できないほど複雑なのだろうか。先進国と後進国の「格差」は何が原因で生じているのか。
地理説?
これまでの主な説明は、文化的要因、地理的要因、無知的要因の三つに分類される。特に地理的要因については非常に魅力的であり、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』が説得力のある論を展開している。簡潔に言えば、家畜化可能な動物と農業に適した穀物が限られており、それらが「偶然」存在する地域の人類が定住生活に有利な立場を得て、余剰生産物により文明を発展させるエリート層を形成できたという説だ。さらに、文化は「水平」に伝播するという点も重要だ。緯度の異なる地域は気候が大きく異なり、動植物の生物学的特性も変わるため、畜産・農耕の技術や文化は同じ緯度帯に沿って広がった。これがユーラシア大陸がアフリカ大陸やアメリカ大陸より繁栄した主な理由だとされる。きわめて壮大なスケールの論であり、この論一つで人類の誕生から発展まで説明できてしまいそうなのが魅力的かつ刺激的である。
地理説の否定と「制度」説
しかし、本書はこの説がもつ魅力を否定する。北朝鮮と韓国、アメリカとメキシコの国境都市ノガレスなど、地理的にはほとんど差のない例を挙げている。人為的に引かれた境界線を挟んで、両国の経済状況は全く異なる様相を呈している。これらを分けるものは何か。それは「制度」だ。この制度の違いが、国家の貧困か繁栄かを決定づける要因なのである。
確かに、これらの極端な例を見ると納得せざるを得ない。しかし、ダイアモンドの地理説も完全には無視できるものではなく、議論の前提が異なるのではないだろうか。ヘゲモニー国による世界システムが構築される以前は、地理説で繁栄と貧困の格差をおおまかに説明できただろう。だが、些細な政治体制や権力構造の違いが、ペストなどの歴史的事件をきっかけに大きな差異を生み出すこともある。
小さな差異が大きな差異に<地理説と制度説の重なり>
1346年、ペストがアフロ・ユーラシア大陸で猛威を振るい、ヨーロッパでは約3分の1の人口が失われた。この急激な人口減少は労働力の不足を招き、西欧と東欧の制度に大きな変化をもたらした。それまで西欧では農業から商業への経済構造の移行が徐々に進み、封建制の解体が始まっていた。一方、東欧では依然として農業に依存し、封建制が強固だった。この経済体制の違いは地理的要因で説明できる。西欧は地中海や大西洋を通じた貿易が盛んで、外部の影響を受けやすい地理にあった。そのため、商業経済が発展した。対して、東欧は地理的に孤立しており、交易の発展が難しく、農業依存の経済体制を維持していた。このような微妙な違いが、ペストの流行を機に西欧と東欧の歴史的な分岐点となった。西欧では都市化、商業経済、中央集権化が進む中、ペストによる人口減少で労働力の価値が上昇し、農奴制の解体を促進した。一方、東欧では農業依存の経済構造、封建領主の強力な支配、中央集権化の遅れにより、農奴制が維持・強化された。これにより、西欧では労働者の権利が向上し、後の名誉革命やフランス革命による包括的な制度へとつながった。対して東欧では、依然として収奪的な制度が存続した。
これから分かることは、地理的要因が根本的な起点だったということだ。地理的な差異が、ある出来事—ここではペスト—をきっかけに大きな違いを生み出す。つまり、地理的要因と制度的要因は別個のものではなく、重なり合う部分を持つ。その深層レベルが地理的要因で、表層レベルが制度的要因という、互いに包括的な関係にある。当初は地理的要因で異なっていた国々が、ある契機から制度の差を生み出し、最終的には世界システムを構成するヘゲモニー国の誕生につながる。それによって、他の地域の地理的要因を凌駕するような制度を作り上げ、貧困と繁栄の差がさらに顕著になるのだ。
「国家はなぜ衰退するのか」
地理的要因の上位レベルにある制度について説明したところで、制度が地理に関係なく貧困と繁栄をどのように決定するのかを解説しよう。
結論から言えば、「収奪的な制度は国家を衰退させる一方、包括的な制度は国家を繁栄させる」傾向にある。経済成長に不可欠なのは、創造的破壊を伴うイノベーションだ。収奪的制度では、経済的インセンティブの欠如とエリートの既得権益保護のための抵抗により、そのようなイノベーションは生じにくく、成長は持続しない。さらに、収奪的制度下では一部のエリートが私腹を肥やすため、その地位を狙う者たちによる政治的不安定性も問題となる。結果として、収奪的制度下ではエリート層による権力争いのような状況となり、悪循環に陥る。
一方、包括的な制度下では、多元的な政治制度により、一部のグループが権力を独占することは起こりにくく、包括的な経済制度へとつながる。そうなると創造的破壊を伴うイノベーションが起こるインセンティブも生まれ、さらにそれが包括的な政治制度を強化するという好循環を促す。
貧困をなくすことは可能だがしかし
以上のことから、貧困とは経済的な方法や対外援助といった方法で解決できるものではなく、その根本的原因となる収奪的制度を見直さなくては何も解決しない。収奪的制度を採用しているエリートらは、無知によりその国が貧困に陥っているのではなく、一般国民の大多数の犠牲の上に私腹を肥やすため、そしてみずからの権力を維持するために経済制度を構築しているのである。そうした貧困に陥った国を変えるためには、収奪的な制度から包括的な制度への移行が必須の条件となる。そのような悪循環を断ち切るには、中央集権化と名誉革命やフランス革命といった多元的なグループによる制度改革あるいは歴史的な偶然性が必要となる。
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