【詩#02】あるいは青天の石として
1
読みかけの本の1ページ。
過去と未来とそして今とがちょうど交差するところで、私は何かを待っていた。過去の未来は非常に確かなもので、物語はもう始まり、終わっている。後は、私の指が丁寧にその一枚一枚を開いてゆけば、それでいい。それだけのことさえ躊躇う指は、気が付くと、驚くほどに冷たくなっていた。
思い出そうとしているのは、昨日の晩に読んだ顔も知らない男の人生ではない。もちろん、男は私に多くを与えてくれるであろう、他の人々に対してもそうであったように。けれども、男と私を繋ぐものは、今とこの一枚の紙切れにしかすぎない。
私は本を閉じた。
そうして暗い闇のずっと奥に、私が求めた時、雪月が見えていた。
昨日は晴れ、私は雨だった。
天上からはひらりひらりと舞い降りた。いつか終わる永遠の前で、言葉を失う私たちは、すべての傍観者となった。死人よりももっと哀れな、忘れられた女としてその地に跪き、あなただったら何を、望むのかが知りたかった。私は右の手を差し出し、そして握った。しばらくして、約束の小指から順に、薬指、中指、人差し指、親指まできたところで、私は儚きひとひらを見つけた。
枝垂れの桜は、4年前の春に散った。
ちぎれゆく雲の彼方まで、一度きりでいい。
男はポケットから小さな石を拾って、私の手のひらに静かに「お守り」として落とした。
「もしも君が僕と同じように信じるのであれば」
夢は幻ではないということ。幻が夢であると、仮にそうだとしても。
2
最後の煙草に火をつけて、私たちはその日最初のロシアン・ルーレットごっこをしていた。萌ゆる芝生の上で、誰かが「雪みたいだ」と言った。
今日もまた、誰かが死んだ。
空へと高く伸びる煙突から、白い煙が流れていた。私は銃口を顳顬に当てて、急いで引き金を引いた。躊躇いは、いつも私の手のうちにあって、私の手は、いつもあなたからずっと遠い場所で、祈りもせず眠る。
北の賢者は教えた。
「あなたが生きている限り、死ぬのはいつも他人ですから」と。
人のにおいに気が遠くなる私の左肩を、賢者は冷たいその手で触れた。ゆっくりと下がるその手は、途中で私の腕に休まる白い欠片を拾った。それは、賢者の指先で滲んで、この世界から消失した。
さよならと言えなかった。
たった四文字の言葉さえも存在することの出来ない時間の中で、今度は誰がその引き金を引くのだろう。
喪服の男たちは降ってくる。
私は最初の煙草に火をつける。それがすべての合図となるように。
3 「セレスティーナ」
・・・青。
そして黒から作られている。
何と呼ぶのかは分からない。それはもはや色ではない。海とも呼べない、空とも呼べない、水・・・空気・・・そんな有り触れたものではない。 ただ一つの名前。
まだ誰も知らない、もう誰も見つけられない。
私であった、と言う。あなたがあなたであるように・・・あなたが私であるように・・・私はあなたではない。それはそれであって、そしてそれは私であるように・・・私であった。
隠してはいない。
(・・・私は隠されたにすぎない。
あなたは見えない。私が見えるであろう。これが「釣り合い」というものだ。善は悪がなくては存在しない。神という観念を受け入れるのなら同様に悪魔の存在も仮定しなければならない。夢の中ではすっかり満ち足りている。自分の眼を、自分の耳を、信じることができる。)
聞くものよりも見るものを信じようとするのは何故か?
それが人間であるということのしるしであるのかもしれない。 さあ!
獣の口がひらいた。<セレスティーナ>女性固有名詞「それは私であって、あなたではない」。
1999年に書いた詩。加筆なし、オリジナル。
ちょうどブランクーシの作品に出会った頃で、私は地方の小さな美術館で学芸員をしていた。
自分でいうのもなんだが、非常に実験的な詩である。絵画と文学(詩)の言葉やイメージをコラージュして詩を書くということにチャレンジしたのだが、残念ながら途中で挫折、3篇しか書けなかった。普段は内省的な詩を書いていた。
実験的であったがゆえに、約四半世紀を経て、書いた本人が読んでも、恥ずかしさがない。我ながら、不思議な詩だなと思う。数ヶ月かけて、とても苦労して書いた詩で、おそらく当時の私は、少し頭がイカれてたとも思う。
こうした実験は、数年後に「うさポエム」(ウサギと世界の繋がりをテーマにした詩)につながっていくのだが、うさポエムは手元に詩が残っていない。うさポエムが失われていることは、非常に残念だ。
最後に、青天石(セレスタイト)について。
セレスタイトの石言葉は「休息・浄化・心の解放」。書くことで癒し、癒されたい、解放し、解放されたい…という、ささやかな祈りにも似た願いを込めたタイトルである。
未熟だったから、生きることも書くことも必死だったのだと思う。
2024.5.23
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