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【056】スタートアップ経営者が知るべきひとり目人事の重要性と採用のベストタイミング
スタートアップ経営者にとって、「ひとり目の専任人事はいつ採用すべきか?」という問いは重要な課題です。
ちなみに、ChatGPTに尋ねても「その時期は、業界や競合環境、企業の戦略や成長スピードによって異なります」というような一般論しか返してくれないので(ある意味正しいけれど、何も答えてくれていない)、ここでは「ひとり目人事の採用」に関する個人的な学びも織り込みながら具体的な指針を提示します。
ひとり目の人事の役割
スタートアップにおける人事担当者は、大企業とは異なる特殊な要件を満たす必要があります。特に、ひとり目の専任人事は、採用、制度、組織文化、労務といった幅広い領域をカバーしなければなりません。以下に、その中でも特に重要な三つの役割を挙げます。
1.プロダクトない、知名度ない、金ない逆境下での採用活動
スタートアップでは、人材採用がその後の事業の成否を大きく左右します。プロダクトがリリース未満(あるいはPMF未満)、投資フェイズゆえに競争力のある年俸が提示できない、知名度も信用もない中で優秀な人材を採用することの難易度は異次元です。そんな逆境下であっても、なんとかして優秀人材の採用を進めることが、ひとり目人事に最も重要な役割です。
この観点から、逆にひとり目人事に最適とは言えないのが、採用強者企業の人事しか経験していない人です。そういう人を採用して、そのまんま採用ノウハウをコピーすれば自分たちも「採用強者になれるのでは?」と思いがちですが、前提となる企業のステータスが違うので、同じように効果を発揮するとは限りません。採用ブランドが確立し、競合よりも高い年収を武器に優秀人材を採用することができる”採用強者企業”で採用に従事してきた人は、困難な採用環境下で人材を獲得してきた経験があるとは限りません(履歴書の企業名は魅力的に感じるかもしれませんが)。さらに悪い場合は、採用強者企業だった前職との比較により「オファー年収が低いから採用できない」「知名度がないから採用できない」といった他責により思考停止してしまう可能性もあります。
また、ひとり目人事は全ての採用プロセスを一手に引き受ける必要があります。大企業の縦割り人事チームの一員として働いてきた人材では、この役割を果たすのは難しい場合があります。そのため、スタートアップの採用には、大企業出身のネームバリューに過剰な期待を抱かないように注意が必要です。
2.組織文化や価値観の体現
ひとり目人事は採用活動の顔となり、経営陣と同様に会社の組織文化や価値観を体現する役割を担います。採用候補者は経営陣や人事の人間性を通じて、その会社の組織文化を理解し、自分が働く環境をイメージします。そのため、ひとり目の人事が果たす広告塔の役割は極めて重要です。
スタートアップはCEOの個人商店ではなく、組織活動です。CEOが全てを完璧にこなす必要はなく、欠けている要素を他の役員やひとり目人事が補完することで組織のバランスを取ることができます。例えば、CEOがコミュニケーションに苦手意識を持っている場合、率直なコミュニケーションが得意な人事を採用することで、組織全体の文化を強化できます。
3.人事チーム組成のタイミング判断と実行
ひとり目人事には、企業の戦略や業界特性、採用市場の競合環境を考慮し、最適な人事チームを構築する計画を立てる役割も求められます。
少人数のスタートアップ企業では、一定の規模まではひとり目人事が、上流の人事業務設計も現場のオペレーションまで全てを担当し、ハードに働く必要があります。
しかし、ある時点でPMFが達成され、大量採用が始まる局面になると、ひとり人事がすべての業務を抱え込んだままだと、自らがボトルネックになります。そのタイミングが来たら、頭を切り替えて大胆に人事メンバーを採用し、適切なサイズと機能を持った人事チームを構築する必要があります。
このように、人事チームの構築タイミングを判断し、必要な人材を採用することは重要な役割のひとつです。
人事以外の仕事をする覚悟
スタートアップは成長過程にあるため、環境や事業要件が頻繁に変化します。その結果、ひとり目の人事を採用した後に、予定していた人材採用が凍結あるいは縮小して採用数が減ることや、それに伴って採用やオンボーディング、育成などの業務が予想よりも小さくなることもあります。
そのような場合、人事のリソースが減少することに対しては、人事としてのジョブディスクリプションに固執せず、臨機応変に必要な仕事に取り組むことが求められます。
実際に、スタートアップ企業がひとり目の人事採用に躊躇する最大の理由は、この点にあります。「まだ人事の仕事は一人分に満たないのではないか?早すぎるのではないか?」といった懸念から、ひとり目の人事採用に踏み切れないのです。しかし、オールマイティに何でもこなす覚悟があるひとり目人を採用するならば、その懸念は解消されます。
なお、採用戦略に限らず、スタートアップ企業の初期段階では、事業内容や組織構造などの環境が目まぐるしく変化します。そのため、人事に限らず全てのポジションの採用において、柔軟性と対応力を持つ人材を採用する必要があります。これは、スタートアップ初期の採用において最も重要な要件のひとつです。
”ちゃんとして見える”ことが地味だが重要
創業初期のスタートアップは信頼性もなければ、知名度もありません。むしろ怪しく見えると言ってもいいかも。そのため、採用のフロントに立つ人事は”ちゃんとして見える人”であることが地味に効いてきます。
フラットなカルチャーや自由な社風を体現しようとして、過度に個性的な振る舞いをすることは、候補者に不安を与える可能性があります。スタートアップの創業者が個性的であることが多い中で、人事担当者は常識的なコミュニケーションをとることが求められます。
人事制度にゼロからの発明は不要
スタートアップの初期に限っては、まずはプロダクトのPMFが最優先です。
よって、この段階でユニークな人事制度や組織イベントを独自に発明することに労力を割く必要はありません。評価制度や、社内ルールについては、先達の企業たちが試行錯誤の末に完成させた人事制度のお手本がそこらじゅうに転がっています。それらを自分たちにあわせてカスタマイズさせるだけで、最低限の人事インフラは整えることができるので、ゼロから汗をかいて人事制度を発明する必要はありません。
さらにスタートアップ初期は、企業のステージが爆速で変化します。人事制度も頻繁にチューニングする必要があるので、一つの制度策定にじっくり時間をかけている余裕はないし、完成してもすぐに作り直す必要性が出てきます。
スタートアップ初期は「車輪の再発明」のような無駄を避けるためにも、ある程度組織人事の知見や勘所がある人の方が良いです。全ての経験者でなくても、必要な人脈や情報ソースにリーチができ、それを引き出す能力があれば良いので、一定の人事経験がある人が望ましいです。
労務の知識は必要?
スタートアップ企業は、雇用契約や残業時間管理などの法令遵守やコンプライアンスのリスクに注意する必要があるので、労務経験者がいると心強いですが、ひとり目の人事には労務畑出身でない方が良いと考えています。
なぜなら、労働関連法の知識や経験に優れていることが副作用となって、人事戦略の実行にあたって「法的にできない理由」を探してしまう傾向があるからです。労務は法令遵守のための「守りの機能」なので、それ自体は正しい行動なのですが、この領域の仕事は「攻めの機能」と対になり、お互いに牽制し合うことで最大の成果を発揮します。「守りの機能」単体では、スタートアップの組織戦略実行のブレーキや障壁になることもあります。
スタートアップにおいては攻める姿勢が競争優位性の一つになるため、必要最小限の労務機能を持ってさえいれば十分であり、攻めのスタンスが優勢であるべきです。労務に関しては社労士との顧問契約を結び、必要な局面で相談することで対応できます。重要なのは、どのような局面で社労士に相談すべきかを判断できることです。
ひとり目人事を採用するのはいつ?
では、ひとり目人事を採用すべきタイミングはいつなのでしょうか。
先に挙げた理想的なキャリア要件・パーソナリティ要件を持った人材に出会うことは稀でしょう。したがって、完璧でなくても理想に近い人材と出会った場合は、その時が採用のタイミングと考えてよいでしょう。先述のように、人事の仕事に固執せず、オールラウンドに活躍できる人材であれば、採用が早すぎるということはないからです。
組織の規模に関して言えば、創業者や創業チームによるマネジメントだけでは組織全体をまとめきれない時期が訪れたら、ひとり目の人事を採用する必要があります。その人数は創業者や創業チームのマネジメント能力によるため、自分たちの限界人数を踏まえた上で判断するのがよいでしょう。
いずれにしても、ひとり目人事に最適な人材をサーチし、採用するまでには長い時間を要するため、組織を拡大する可能性があるならば、創業と同時に人材のサーチを開始しても早過ぎることはありません。
おわりに
スタートアップにおけるひとり目人事の重要性とその採用タイミングについて、私の経験に基づいた見解を述べました。これが皆さんのスタートアップ経営において、参考になれば幸いです。スタートアップの成功を支えるために、適切な人材の採用と育成を心がけてください。
写真:生成AIに作らせました。シリコンバレーっぽい感じにしたかったのですが、ややアンニュイな感じになってしまいました…笑