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【062】経営者が「なぜを5回」くりかえす会社は伸びない?

トヨタの生産方式の一環として有名な「なぜを5回」という課題解決のフレームワークは、ビジネスパーソンならご存知かと思います。問題の真因を見つけて改善を繰り返すことで事業を成功に導く考え方は、再現性のある手法として普及しました。

ただ、その効果を盲信するのは危険で、先が見えないVUCAの時代にはこの伝統的なアプローチはむしろ障壁になるのではないか?というのが本記事のメインテーマです。

特に経営層や組織のリーダーを想定して書いたので、少しでも参考になれば幸いです。

「なぜ」を問い続けることの弊害

課題の原因を特定するために「なぜ」を問い続ける場合、過去の出来事や失敗の原因に焦点を当てるので視点は過去に向かいます。これを頻繁に行っていると、思考が過去に固定されてしまいます。

思考が過去に向いているとどうなるでしょうか。経営者の最も重要な役割のひとつである、事業の戦略やビジョンを具体化する際にも、過去〜現在からの積み上げによる未来を描きがちになります。

多くのスタートアップ企業は、"そこそこの中小企業"ではなく"イノベーションを創出して社会を変革する企業"を目指していると思います。それを前提とした場合、現在の積み上げで発想する"ありそうな未来"ではなく、理想の未来像をイメージすることから始める必要があります。そこそこの成長で良しとするのではなく、イノベーションを生み出そうとするならば、理想とする未来からのアプローチが必要条件になります。

過去に向かう思考の限界

さらに、戦略コンサルタントや業界の専門家に答えを求める行為も、無意識のうちに過去に依存する行為の一つです。コンサルタントは過去の成功パターンや失敗パターンを分析し、それに基づいた戦略を提案します。過去のデータに基づいていることが論理性や説得力の正体です。これらの方法は、過去の成功パターンに基づいているという点で、未来の不確実性に対応する上では限界があります。

これからのVUCAの時代には、過去の成功パターンに頼ることができず、経験者や専門家が教えてくれる正解に依存することもできません。変化する市場や技術の進展に対応するためには、経営者は自らの内側から新しいアイデアや戦略を生み出す必要があります。外部の知識や分析=過去の思考に頼ることで、競争優位を維持することは難しいので、未来のビジョンを描き、その実現に向けた戦略を策定することが求められます。

未来志向のアプローチ

では、思考を未来に向けるにはどうすればよいのでしょうか?未来のあるべき姿から現在にさかのぼって課題解決を考えるアプローチ方法に"バックキャスト"という思考法があります。この、「なぜ」を問う方法と真逆のアプローチ方法は、思考を未来に向かわせます。

なぜという過去を向いた思考の時間を減らす

経営者は、"なぜを問う"(=過去の失敗や現在抱える課題の解決)ことに脳のリソースを費やすことを控えて、意図して目指すゴールに意識を向けるようにします。現実的には目先の課題に取り組むことは避けられないと思いますが、執行の責任者に委ねてしまう、あるいは「今は過去に視点を向けている」と自覚して過去と向き合うことができれば、思考が過去に癖づけられることは避けらるように思います。

経営者には常にビッグビジョンを描く使命があります。過去の成功パターンやMBAの教科書の中から今後の正解を見つけることはできないので、自分の頭の中にある未来を具現化する力を持つことが重要になります。

未来のゴールを言語化する

仕事柄、経営者の未来のゴールの言語化のために、壁打ち相手となってクライアントの頭の中にあるイメージを言語化するお手伝いをさせていただくことがたびたびあります。その経験から、自らの業界や事業について24時間誰よりも考え抜いてきた経営者の頭の中には、言語化されるのを待っている直感のようなものが既にあると確信しています。しっかり時間をとってそれに向き合うことができれば、自分の脳内にある未来は言語化することが可能だと思います。

理想のゴールが言語化できたら、自分の思考が向いている方向(過去-現在-未来)について自覚的でいることに加えて、意識的に未来(ゴール)に視点を向ける時間を確保することによって、ゴールを基点に思考するクセをつけることが重要です。何もしなけば、思考はおのずと過去に向かうので、例えば専属のコーチと対話するのも未来やゴールに向けるための手段の一つなんだろうと思います。

参考:Amazonでも活用されているバックキャスト手法

ここでバックキャストの実践例として、Amazonの事例を引用させてください。Amazonでは新しいサービスや製品を開発する際に、まず未来の顧客体験を具体的に描く「プレスリリースとFAQ」ワークを行うことは有名です。まず最初に、顧客がどのような価値を得るのかを明確にし、それを逆算してサービス開発を進めます。このアプローチは、未来の理想のイメージを解像度高く想像し、想定される質問を考え抜くという行為に集中することで、思考を未来にピン留めする行為です。それを行わずに開発計画を立てていたら、開発の都合で機能開発の優先順位が決まり、出来上がるサービスは理想とはかけ離れたものになっているかもしれません。
(※Amazon のこの施策の詳細は多数の記事で紹介されているので、興味のある人は検索してご覧ください)

”なぜ”を正しく使うのは難しい

ちなみに、オペレーションエクセレンスを追求する役割を与えられた部署や担当者にとっては、今後も「なぜ」を問うことは有益だと思います。また、経営者にとっても、時には現在の課題の原因を特定したり、過去を反省したりするために「なぜ」を活用することが必要な場合もあるでしょう。

同時に、「なぜの問い」が難しい理由の一つに、なぜの方向性の定め方によっては全く違う解決方法が導き出されてしまうことがあります。

あるクライアントの実例なのですが、ある工程でオペレーション・ミスが多数発生するという課題がありました。その原因=「なぜ」は、担当従業員の業務スキルが低いから、と設定されていました。続いて、なぜ業務スキルが低いのか→採用時の見極めが悪かったから→面接者のスキルが低いから→という方向性で対策をしようとしていました。

しかし、今後はどんな組織を目指すのか、について深掘りをしたところ、少数精鋭よりは組織をスケールさせたい、雇用の機会を産み出すことも社会貢献という考えであることが確認できました。その未来を基点とするなら、今後多くの社員を雇用する必要があります。その未来を前提とすると、オペレーションミスが多数発生することの原因は、スキルフルな社員でなければ処理できない業務フローになっているから、と設定しなおした方が筋がいいという結論に至りました。

この実例から言えることは二つ。まず、「なぜ」は使い方を間違うと危険であるということ、そして未来のゴールイメージの解像度を高めておくことは「なぜ」を問う場合にも重要ということです。

おわりに

昨年からコーチングの勉強を始めました。ゴール志向であることをサポートするコーチングの技術と、自分の仕事には強い関連性があるのではという仮説のもと、自分の提供価値を高めたいと思ったのがきっかけでしたが、学びが多く本記事ではコーチングで得た知識も交えて書いてみました。

本記事についてのご意見や反論があればコメント歓迎です。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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