どうせ世界が終わるなら<それ>を楽しみにすればいい。「太宰かよ!」と思わず叫んでしまった「終わらない週末」
宇宙人の襲来?
惑星の衝突?
核戦争の予感?
大規模自然災害?
はたまた悪の集団の暗躍?
これまで世界はなんど終末を迎えてきたんだろう。
いえ、はい、映画の話です。
世界の終わりを描いた映画をたくさん観てきたけれど、その結末に納得や感動や希望をもらったことがありません。
どの映画も、強引だな、無理やりだなと、受信ボックスを埋め尽くす迷惑メールの集団のようでまとめてくしゃっと削除したくなってしまいます。
そんななか出会ってしまいました。
とても心地よい、世界の終わりを描いた映画に。
Netflix「終わらない週末」です。
すでに「終わらない週末」を見終えた方々は言うでしょう。
あの終わり方のどこが心地いいんだ、なにも解決しちゃいないじゃないか
たしかに、「終わらない週末」における世界の終わりは、その原因も、解決も曖昧なままだし、世界を救うヒーローも登場しません。
世界は滅亡に向かうまま、元の状態に戻ることなくエンドを迎えます。
でも、心地いいんですわ、あのエンドに向かう道筋が。
観終わったあと思わずこんなひと言を呟いてしまいました。
「太宰かよ!」
<30歳になったら死のうと思っています>
鴻上尚史の「おっとどっこいほがらか人生相談」のなかに、27歳男性からの、こんな相談が載っていました。
この相談を受けた鴻上尚史さんは、太宰治の「葉」という短編の、あの有名な冒頭を引用して、回答を展開していきます。
この太宰治の、「葉」に関して、こんなツィートがあります。
27歳男性も太宰治も、死までの猶予をあえて晒して宣言することで、死への距離を延伸させよう(させて欲しい)と心の底では願っているにちがいなく、
でもって、猶予期間の手前で勢いよく手を振る、「死のう」を「生きる」にスイッチしてくれる自分だけの楽しみをきちんと用意して自身に言い聞かせている。
だから、ギャルたちは、フライドチキンの脂で指先をテッカテカに光らせながら、「太宰かよ!」と笑いあって、その先に広がるであろう未来を、元気よく生きていけるのです。
秋服が楽しみ、
年末ジャンボ当たらないかな、
来年大谷翔平何本ホームラン打つかな、
M-1優勝誰だろ、
そしてそして、大好きなあのドラマの結末は?
他の人にとっては大したことないかもしれないけれど、近い遠い未来に必ず訪れるであろう自分だけの小さな楽しみを抱き続けることで、一日一日を噛みしめるようにしっかりと生きていける。
「終わらない週末」は、そんな根源的なモチベーションの大切さを示してくれる素敵な映画なのです。
太宰治「葉」の冒頭を、壮大なる世界滅亡物語へと発展させた「終わらない週末」
さあ、叫ぼう。
「太宰かよ!」
そして
「フレンズかよ!」と。