私の好きな映画のシーン(35)『デルス・ウザーラ』
気づけば、高音早口で連打するセリフのやりとりが映画やテレビドラマの主流になってきたようです。俳優さんの、ふとした顔の動きや身体の動きや、映像の編集だけで物語る作品が少なくなってきたように思います。「漫画の吹き出し感覚じゃない?」とか「原作小説のカッコ書きの言葉を引っ張ってくるからじゃない?」とか、知人たちの意見も千差万別です。
統計はとってはいませんが、私の感覚として、セリフ回しが演技だ的になってきたようです。1980年代だったか、舞台の上で長いセリフを早口で発話するのが流行り、当時は「面白いな」とは思ったことがあります。
ま、私の趣味もあります。
以前ある映画監督と呑んでいたときです。「指の動きだけで恋愛は語れるよね」とか「昔、サントリーのテレビコマーシャルにあったように泣く人笑う人…そして、サントリーがある、というだけでズドンと突き刺さったよね」とか、話をしたことがあります。
全感覚が演技であって欲しいし、そうした演技からこそ観客は全感覚で映画やテレビドラマや舞台が楽しめるのではないかと思っているのが私です。
さて、『デルス・ウザーラ』です。
1975年に公開されたソビエト連邦製の、黒澤明監督の映画作品です。公開当初、黒澤明監督は自分が作りたい映画が作れないからソビエト連邦で映画を作ったなどと語られ、その後アカデミー賞外国語映画賞を受賞します。
内容は見て頂ければありがたいのですが、主人公となるアルセーエフ(ユーリー・ソローミン)とデルス・ウザーラ(マクシーム・ムンズーク)が凍りつくような大地を見つめるシーンがあります。鈍色に光り輝く大地を静かに見つめるシーンは、ポスターにもなっていたかと思いますが、そのシーンだけで、この映画の全てを語っているのではないかとさえ思いました。
セリフなどない、ワンシーンが、全てを語る映像の強さは、映画の醍醐味であり、そして観客をスッと異次元の世界へと誘ってくれるものです。
居酒屋で心の何かをグッと抑えながら酒を呑む高倉健さん、椅子に身体を深く埋め、ギョロリとした冷たい瞳で真正面を見つめるアル・パチーノ、子供たちと電車ごっこをする高峰秀子…そして、存在感だけでシベリアの大地で生きることを伝えるマクシーム・ムンズーク。発話ではなく、全感覚の演技を織りなす監督の映画が好きな私です。中嶋雷太