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「だから」を「でも」にするクセ

思いは、感情、気持ち、心、なのですが
感情の喜怒哀楽、本日はそのうちの「哀」のお話です🐻

前回の「怒り」にくらべたら、神経質になる部分は比較的少ないと思います。
皆様もご経験あると思いますが、
下手に我慢せず、わんわん泣いたほうがスッキリする場合もあります。
思考で解決できるのは
①自分のことを
②「だから」でつないでいるときです

「ブスだから恋人ができないのだ。哀しい。」
「バカだから採用してもらえないので哀しい。」
これはすごく危険なことで、エスカレートすると
「私はいきているだから間違いなのだ」と最終なる可能性もあります

恋人とうまくいかなかった、採用してもらえなかった、これは哀しいです。
哀しんで、切り替えて、進みましょう。

それは別として、前半を考えましょう。
ブスだから→ブス?でも?
バカだから→バカ?でも?

あれ、ほんとにブス?ほんとに?
ってなりますよね🙄

だったとしても、でも??
けっこういけてるよ?前は褒められたよ??

なんだ、前半部分は、泣かなくてよかったやん!!👍
哀しみが半分ですみましたね!

これも、隠れた「やっているのはだあれ」なんです。
好意をもってくれる
採用をしてくれる

それはあなたではなく、他の誰かです。
その人の心、心理、思い、これは誰もわからないのです。
ので、
「私は〇〇だ」はあなたが決めたもの。
ならば、あなたが書き換えても問題ないのです。

「でも」

自分にはそうするクセをつけましょう。🐻👍

「怒」「哀」
感情を解析したあと力を加えやすいように
最初の「思」を勝手に変えとくのです。

変えていいのですか?って??
そりゃいいですよ
自分の「思い」だもの。
逆に、あなたが変えないと。
誰もさわれないのです。あなたの心は。✨✨

でわでわ



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