虹色の道を歩めー女の子と野球を繋ぐものーファイターズの前に、北海道にはプロ野球チームがあった!伝説の女子プロ野球チーム、スイート・メイプルズを君は知っているか?
北海道のプロ野球といえば北海道日本ハムファイターズ。今や多くの道民に愛される人気球団なのですが、かつてこの北の大地に、もう一つのプロ野球チームがあったことを、あなたはご存知だろうか。
その名も「スイート・メイプルズ」ー『メイプル戦記』(川原泉 白泉社刊)1991年少女マンガ誌「花とゆめ」に掲載され描かれたドリーム・チームのお話だ。
野球マンガは数あれど、少女マンガのそれは少ない。ましてやプロ野球が舞台で、正式にセリーグに加入した女子チームが、既存の男子チームと正々堂々渡り合い、ついにはペナントを制するーなどという奇想天外なマンガは、滅多にない。
そう奇想天外。1991年、プロ野球協定第83条(不適格者の項目)①医学上男子でないものーが改正削除され、女子の参加が認められるようになる。新球団創設にメイプル製菓が名乗りを上げ、スイート・メイプルズが旗揚げされる。本拠地は北海道。新球場「札幌ドーム」通称「コロボックル」も建設された。見た目は、東京ドームそっくり(まだ本物の札幌ドームはなかった)
全国各地から続々とやってくる野球ガールたち。名門女子高のお嬢様からアメリカ人スラッガー、鉄壁の内野守備を誇る四つ子の姉妹、そして元高校野球児160kの豪速球を投じる神尾聡史…改め神尾瑠璃子…。個性豊かな女の子たちによる最強チームが、熱い心で熱い戦いを繰り広げる。
作者の川原泉は、これより前に『甲子園の空に笑え!』(1985)という高校野球マンガを発表している。田舎の小さなー豆の木高校、最小9名、文字通りのナインが甲子園の決勝まで進んでいく。率いる監督は、広岡真理子。生物の女性教師だった彼女がメイプルズの初代監督に命名される。この甲子園初女性監督のアイデアからプロ野球初の女子チーム誕生ストーリーへと繋がっていったと推測されるけれど。
もちろん当時の高校野球に女性監督なんかはありえない。まだテレビ局の女子アナだってグラウンドに入れるかどうかの時代だったかもしれない。女の子が野球をやることもろくに認められてはいなかった。『野球狂の詩』(水島新司 講談社)で水原勇気がピッチャーをやってるくらいしか。野球の世界に女はいなかった。
そんな時代に、なぜ純正少女マンガ誌の「花とゆめ」で野球マンガだったのか。理由はわからない。でも作者が相当の野球好きの野球通だったことは、マンガから伺うことができる。空想的な設定の中でメイプルズが対戦する相手、東京タイタンズ、ヨグルト・スパローズ、西武リンクスなどなどは、いうまでもなく既存チームのパロディで、登場する有名選手たちも性格から容姿からリアルに描かれ、プロ野球ファンであればクスクス笑いながら読めるし、あるあるそうだよね!と膝を打つ場面も多い。野球のルールやプレーも細かく描かれている。
遠い昔、中学生のわたしもそうだったけれど、野球の好きな女の子は、少なくなかった。甲子園ガールもいっぱいいた。今よりも別世界の様相は強く、空想を広げるには格好の題材でもあった。そうやって見ていることはできる。大好きな選手やチームを追っかけ続けることはできる。でもどんなに好きになっても「女の子が野球の世界に入る」ことを想像するのは、難しかった。
しかし、メイプルズは、そのどうしても超えられないー現実ーを乗り越える。どうやったら野球を好きな女の子が、女の子であるままで野球の世界に入れるのか。作者の奇想天外でアンビリーバボーな想像力とリアルな野球への探究心によって、渡れないはずの道を渡るのだ。キラキラ輝く虹色のー少女マンガであるままで。
そして、この作品が未だ読まれ続けている理由も、多分そこにある。文庫化されているので、是非手にとって読んでみて欲しい。
ーー時代は下る。メイプルズがリーグ優勝を決めた12年後。2003年。北海道に本物のプロ野球チームがやってくる。その名は北海道日本ハムファイターズ。本拠地は本物の札幌ドーム。あだ名は、ない。
ファイターズは、移転3年で日本一へと駆け上がる。その原動力となったのは、ファンの力だと言われてきた。際立って特徴的なのは、女性ファンの多さだった。広島カープのカープ女子が世間の話題になるずっと以前から、札幌ドームの女性観客数は50%を超えていると北海道の新聞記事は伝えていた。
その中でもさらに目立っていたのは、中高年の女性達だった。かつて荒木大輔くんなどに群がったギャルファンはいつの時代もいるけれど、いわゆる主婦層とされるような女性達が大挙して野球場のスタンドに押し寄せ、なんならお一人様でも平気な顔で応援グッズに身を包み、大声援で応援しまくるような図は、かつてどこの球場にもなかったはずだ。
彼女らの多くが、もともと日ハムファンだったという想定は無理がありすぎる。彼女らは、ファイターズによって野球に目覚めた、北海道日本ハムファイターズが生み出した新しいファン層だと考えるのが、自然だろう。この現象についてもっと詳しく語りたいが、文字数が尽きた。
ともかくも、メイプルズが誕生してから28年後。現実の野球の世界では、女子の高校野球チームも増え、日本代表チーム(マドンナジャパンて愛称、あんまりでは…なんとかなりませんか…)はワールドカップを連覇する力を持ち、女子プロ野球リーグも創設された。女の子たちは、確実に野球への道を渡り、歩んでいる。
そして、今日も札幌ドームのスタンドには、頬を紅潮させ、胸をドキドキときめかせながら、ファイターズを励まし、励まされる、多くの女性たちの姿がある。
女の子と野球の間に架けられた虹色の道筋は、ここにも姿を変えて、キラキラと輝いている。
*プロ野球 野球協約2017年改定版
第83条 (不適格選手) 球団は、コミッショナーが野球の権威と利益を確保するため不適当と認めた者を支配下選手とすることはできない。
1991年以降、改定されてきた協定。文言としては「誰でも入団可能」に変容しています。
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