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母は黙ってセブンスター

タイトスカートと紫のアイシャドウ、そして煙草。

わたしが幼い頃の母を象徴づける、3点セット。最もシンボリックなのは、煙草だった。

「買ってきて。」

まだ200円台で買えた頃、おつかいついでによく頼まれた。親が吸う煙草を子供が買いに行くのはお手伝いとしてみなされていた時代。

そうはいっても、幼いながらにちょっとした背徳感はあった。善と悪がないまぜになりながら、いつもの自動販売機に小銭を投入しボタンを押す。

滑り落ちてくるのはセブンスターだった。


夕飯を食べ終えると、わたしと妹はさっさと席を立った。暗黙の了解ではない。そう躾けられた。

「話しかけないで。」

そして食卓は母のものになる。悠々と吸いながら夕刊に目を通し、束の間のリラックスタイムが始まる。なんの変哲もない黒い灰皿を相棒に。

母の煙草は孤独だった。

パート先でも吸わないと言っていたし、愛煙家の保護者にも打ち明けていなかったようだ。彼女の煙草はコミュニケーションを円滑にするための小道具ではない。決して群れない人だから。

渦巻く何かを鎮めるように、一人で黙ってセブンスター。煙を燻らせるその姿は、わたしたち家族だけが共有していた。

母が吸う煙草は大嫌いだったくせに、浮かび上がってくるポリシーみたいなものがちょっとかっこいいんじゃなかって、今ではそう思えるようになった。

タイトスカートと紫のアイシャドウ、そして煙草。

3つでワンセットだった、母のとんがった個性。今では紫のアイシャドウだけになっている。


憧れの街への引っ越し資金とさせていただきます^^