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るり
2024年10月2日 12:43
中学3年生の夏に、悲劇が訪れた。私が行こうと決めていた専門学校には、高校を卒業していないと入学できない事が判明したのだ。保育園の卒園文集のテーマは「ハタチの自分への手紙」だったが、そこに「せんもんがっこうをそつぎょうしてデザイナーになっていますか?」と書くほど明確に、専門学校へ行くことを決めていた私の頭の中には、中学卒業↓専門学校入学(試験が無い)↓勉強しなくていい!!
2024年10月5日 17:02
実家を一言で表すと「修行寺」だ。「働かざる者、食うべからず」この家訓と自立教育を両方兼ね備えたプログラムが我が家に存在した。小学1年生:洗濯物をたたむ小学2年生:お風呂を洗う小学3年生:掃除機をかける小学4年生:食器を洗う小学5年生:洗濯物を干す小学6年生:アイロンをかける中学生:料理を覚える高校生:アルバイトをするこうしてみると大したことは無いが、これが「追加方式」に
2024年10月9日 12:05
初めてのバイトはとても思い出深い。高校生になって私が最初に選んだアルバイトは、近所のスーパーの中に設置された、小さなクリーニング屋だった。クリーニング屋での仕事は、お客様から商品を預かってタグ付けし、台帳に記載し、工場に送る準備をする。工場から上がってきた商品をお客様にお渡しし、代金を頂戴する。という単純な内容ではあった。今は全てパソコン管理だろうが、その時代にパソコンなどなく、すべ
2024年10月14日 14:54
3歩あるくと頭から数字が抜け落ちてしまう。こういう方、他にもいるだろうか?私は今でもこれには悩まされていて、小さなメモを持ち歩くことで何とか凌いでいる。高校で友人になった一人と、一緒にアルバイトをすることになった。が、レジ打ちのバイトの試験を受けて私だけ落ちてしまった。暗算が出来なかったためだ。私は数字を頭に留めておくことがとても困難だ。よく歴史の時間で習う、語呂合わせなら覚え
2024年10月20日 12:27
数々のアルバイトの中で最も印象的なのは、初めて「解雇」された肉屋だ。高校では漫研と美術部に所属した。が、ほぼ部活動をしている暇は無かった。何しろ入学して数か月後、アルバイトの稼ぎが、飯に直結する事態になったからだ。学校の近くの大型スーパーの中に入っていた肉屋に販売員として入った。今はあまり見かけないが、肉やハムなどを量り売りするお店だった。時間が経った肉は味付け加工されるが、それ
2024年10月28日 16:37
数々のアルバイトから学んだことは財産だ。高校1年から専門学校卒業まで、二桁のアルバイトを経験した。今思い返して驚いたことがある。まず、すべてのバイトが真っ当なものだったこと。今のようにスマホも普及しておらす、すべて求人誌で見つけたものだが、闇バイトのようなものは無かったと思う。次に、いじめられたり、嫌がらせを受けなかったこと。基本、変わってるとか不思議ちゃんとか、いじられることは