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短編小説 「10 MIN (10分)」 【全編】

「10 MIN」VOL.1~4をまとめたものです。

 朦朧とした意識の中、男はゆっくりと目を開けた。

 ボヤけた視界のまま辺りを見回し、立ち上がろうとしたが、立ち上がれない。手はロープで拘束されている。足が動かせないのも、確認はできないが、恐らく同様に縛られているのだろう。

 何が起きていると自問しながら、手足を動かそうとするが椅子自体も地面に打ち付けられているのか、身体はビクともしない。やがて視界が戻ってくると、錆び付いた外壁や、古びた機材から、そこが古びた倉庫の様な場所だと言うことが分かった。

 なぜ俺は倉庫なんかに、と思いを馳せる中、甲高い靴音が背後から近づいてきた。必死に背後を振り向こうとするが、胴体も椅子に縛り付けられて振り向く事もできない。

 足音が止まると同時に、「いたっ」と男は腕に感じた痛みに思わず声をあげた。痛みの元は腕に刺された注射針だった。男は注射器から液体が身体の中に入ってくる。何が注入されているのかは分からなかったが、それが良い物では無いことだけは、はっきりと液体が体内に入ってくる感覚から分かった。

 「やめろ、やめてくれ」と叫ぶ男の声を、背後からボイスチェンジャーを使った低い不気味な声が遮った。

 「10分ダ。10分後、今打ッタ薬デオ前ハ死ヌ」と言い、注射器を抜く。

 「なんで、こんな事を…何の恨みがあってするんだ」

 懇願する男を無視し、背後の人物は話を続ける。

 「紗倉忠、オ前が助カル方法ハタダ1ツ、俺ノ命令ヲ聞ケ。コノ場所カラ死ヌマデニ出テ、コノ紙ノ中身ヲ見ロ」と告げると、折りたたんである紙を見せた。徐に紗倉の胸ポケットに紙をねじ込み、小型のナイフを手に持たせる。

 「どういう事だ。本当に助かるんだな?ここを出れば」

 「モウ30秒ガスギタゾ。ノコリ9分30秒ダ」と言い残すと、足音は遠ざかって行った。

 事態を飲み込めず、パニックに陥りそうな紗倉だったが、ナイフを使い必死に右手首のロープを切りながら、自身を落ち着かせる為に現在の状況を呟き始めた。

 「俺の名は紗倉忠、32歳、独身。自己評価をするのもおかしな話だが、真面目に生きてきたはずだ。こんな理不尽な事をされる恨みを買う覚えはない。思い出せ。今朝は普通に会社を出て、昼飯を食べから、営業先に向かった。そこから記憶がない。そうだ、あの時だ。あのカフェで飲んだ飲み物の味に少し違和感を感じた。あれに何か入っていたのか」

 思いを巡らせている中、不意に手首のロープが切れ、右手が自由になると、そこからは早かった。手足、胸を縛っていたロープを次々に切り、立ち上がる。薬の影響か立ちくらみがしてよろけたが、踏ん張り、辺りをあらためて見回した。背後から聞こえた声の主の姿は見えず、天井の窓から差し込む光だけが照らす薄暗い倉庫は静まり返っている。紗倉は奥の方に見える出口であろう扉を目指し、一歩前へと踏み出した。ズブっという鈍い音と共に足に激痛が走り、紗倉は叫び悶絶した。

 こんな状況下で気づかなかったが、いつの間にか靴は脱がされていた。裸足だった足には太い釘が刺さり足の甲から突き出て血が溢れている。

 「くそっ。なんだよ、これ」

 紗倉が釘を抜こうと座り、足元付近を見ると、その光景に驚愕した。辺りにら釘が出た板が置かれていた。明らかに人為的に置かれた釘が出た板。声の主は簡単にここから出させる気が無いのだと知ると、目眩と共に急に出口が遠く感じた。

 「10分ダ」

 声の主の言った言葉が頭を過ぎる。

 「くそ、何分経った? 後何分だ?」

 紗倉は自身に言い聞かせる様に呟きながら、足に刺さる釘を見つめ、覚悟を決める。足裏の板を掴み、一気に引き抜いた。叫び声が倉庫に響き渡る。

 「何の恨みがあって、こんな事するんだよ。誰だ。誰に頼まれた」

 佐倉の悲痛な問い掛けにも、返答はない。

 辺りに散らばる、釘が着いた板をイラつきながら、退け立ち上がった。

 「絶対出てやるぞ。絶対出てやるからな」

 紗倉の表情は焦りから怒りへと変わっていった。倉庫の中の蒸し暑さと痛さが相まって、額からは汗が垂れてくる。スーツの上着を脱ぎ捨て、血が滴る足を引き摺りながら、紗倉は進み始めた。進む毎に痛みが走るが、気にせず進んでいった。

「くそっ!誰だ!誰なんだよ、こんなことするのは!俺になんの恨みが…」と言いかけたところで、紗倉の脳裏にふと、女の姿が浮かび上がる。

 「美佳・・・?」

 紗倉が1年前まで付き合っていた同い年の彼女の名だった。数年付き合ったが、仕事の忙しさとマンネリから、結婚まで至らず別れた。どこにでも良くある話だと紗倉自身は気にも止めていなかったが、友人達からは批判を受けた。

 「美佳。お前か? お前なんだろ? なぁ?」

 校庭で石灰で白線を引く様に、真っ赤な線を灰色の埃まみれの床に足から流れる血で描きながら、紗倉はすがりつくように誰もいない空間に向かって話しかける。

 「悪かった。 確かに、長く付き合ったのに責任取らなかったのは俺が悪かったかもしれない。だけど、こんな事までする必要ないだろ?」

 どこかで聞いているはずだと、上を向き紗倉は必死に訴えかけるが返答はない。

 「ふざけんなよ。お前だって分かってんだよ。何とか言えよ」と紗倉の語気が強まった時だった。

 紗倉は胸元に違和感を感じた。目を凝らさないと見えない釣り糸ほどの細い透明な線を胸元に見つけるや否や、風を切る音が聞こえる。気がついた時にはボーガンの矢が紗倉の肉と骨を貫通し、肩から突き出ていた。

 自体が飲み込めずに固まる紗倉に痛みが数秒遅れでやってきた。肩付近を抑え、叫び交じりの呻き声を発し、その場で悶絶する。

 「ぐぞっ。誰だよ、ふざげんな。出てごいよ」

 横たわり咳き交じりで苦しむ中、時は一刻一刻と過ぎていく。だが、目を開け視線を上げると、扉までは後数メートルの距離まで来ていた事に気づく。

 「後、何分だ・・・ ほんとに助かるんだろうな、時間内にここを出れば」

 依然として誰からも返事は無く、矢は肩に深々と刺さっていて、釘のように簡単に抜く事はできない。紗倉に残された希望は、声の主のルールに従い時間内にここを出る、それしか無かった。大量の汗が目に入ってくることなど気にせず力を振り絞って立ち上がり、肩と足の痛みに堪え、紗倉は再び歩き出した。

 「美佳だろうが、なんだろうが、もうどうでもいい。バカげたゲーム通り時間内にここを出たら、絶対訴えてやる。お前は捕まって、一生牢屋暮しだ」

 もう返事などは期待せず、意識を保つ為だけに独り言を言い続け、罠を警戒しながらも、ゆっくりと一歩一歩進んでいく。

 3メートル、2メートル、1メートルと今度は罠なども無く、あっさりと出口の扉の前に辿り着いた。体感ではまだ10分経ってはいないはずだ、と自身に言い聞かせ、扉に手をかけようとするが、紗倉は躊躇した。また罠があるはずだ、だが、ここを出ない限り助かりもしないと言い聞かせた紗倉は一呼吸起き、目を瞑り、思い切ってノブを握った。

 拍子抜けするほど何事も無く扉は開き、外光が差し込んだ。眩しさに目を細め、助かったのだと、生きている自分を確かめるように深呼吸した。それと同時に椅子に縛られていた時の朧気な記憶が蘇り、紗倉は声の主に無理やり胸ポケットに捩じ込まれた紙の存在を思い出す。紗倉はゆっくりと紙を取り出し、書かれた内容を読むと、眉をしかめた。

 このままもう一歩踏み出し、扉の外に出て、このふざけた状況から抜け出すはずだった。無論保証は無かったが、少なくともそういうルールの上でやってきたはずだ。それなのにどうして今自分は立ち止まり、背後を向こうとしている、と自問したが、紙の中身を見た紗倉はごく自然と、吸い込まれる様に背後を向いていた。その刹那、額に受ける衝撃と共に視界は真っ赤に染まっていく。 

 「じゅ・・・10分以内に出れば、助かるって・・・」

 紗倉は額から鮮血を流し、悔しさを滲ませ、その場に崩れ落ちた。その先にはいつの間にかサイレンサーを付けた銃を向け、黒いコートに身を包む人物が立っていた。銃口からは煙が出ている。

 倉庫にスマホの呼出音が鳴り響く。コートの人物は銃を下ろし、スマホを取り出し応答した。

 「なんだよ。またこっちの負けかよ。予想通りっちゃあ、予想通りですけど」と高めの男の声が聞こえる。

 コートの人物はボイスチェンジャーを使用したまま、「ソウダナ。デハ、フリコミタノンダゾ」 と淡々と答えた。

 「ったく、外までは出れたのになぁ。何であいつも最後振り向いちゃうかねぇ。ねぇ、どうやってんの? あの紙にはーー」

 「私ノ命令ヲキクダデ、生延ビルコトガデキル。ミナ、シンプルナコトヲ理解スルノガ難シイラシイ」と男の話を遮った。

 「ま、PV数と賭けは今回も好調だったから、こっちとしては全然問題無いけどね。じゃ、また次回も頼むよ」

 返事はせずに、コートの人物は電話を切る。

 紗倉の死体に近づくと、紗倉が握りしめている紙を引き剥がすように取り、中身を見つめた。薄暗い環境の中、顔は見えないが、口元は微笑んでいるように見えた。

 「人間ノ心理ハ面白イナ。イツカ生キ延ビルモノガ現レルダロウカ」と言い残すと、紙を捨て、その場を去っていく。

 紗倉の頭部から流れ出る血は床を、そして捨てられた紙を真っ赤に染めていき、中に書かれた文字を滲ませていった。

おわり



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やじま りこ | 小説
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