第2話 繁華街で出会った女

李さんの親戚の子が大学生のときに体験したこと。「あの女」と遭ったのは、大学の友達と飲み会に行った日のことだった。大学の近くの繁華街で一次会、二次会、三次会と飲み屋を巡り歩いた末、精力盛んな大人の男たちが求めるのは女の人たちがたくさんいる店。彼らは次の店でお酒と女性を求め、いい店を探していた。そんなときだった、李さんの親戚の彼が「あの女」と遭ったのは。
「お兄さん、ずいぶんご無沙汰ね」
気安く声をかけてきたその女、年齢は彼と同程度。背は他の女性よりも少し高く、出るところが出ている美人だった。面長の顔に細い目の彼女は上品で煽情的な笑顔を浮かべて彼を誘っていた。
「プロは雰囲気だけで『ご無沙汰だ』とわかるものなのだろうか」
当時彼は付き合っていた彼女と別れたばかり、数か月しか経っていなかった。今回の飲み会は彼の傷心も兼ねた集まりだった。早速相手を見つけた彼は
「俺、相手見つけたから先行くね」
と言い、その女に連れられ、1人、店へと入っていった。

そのときの彼は泥酔状態、目覚めた後の記憶が怪しく、確実に二日酔いになるとわかるほどの量の酒を飲んでいた。そんな状態の彼の服を脱がせ、彼女は彼の身体を愛撫し始めた。肌と肌が触れ合う感触、いつの間にか彼女も服を脱いでいた。2人は及び、数時間の後、彼はその店を去った。支払い前に彼女は彼の耳元に口を近づけ、
「絶対に離さないから」
と言ったのが、耳に残った。このときの彼は、この言葉の恐ろしさを後で思い知ることになると、まるで予想していなかった。

翌日から、彼はその女の最後の一言の意味を知ることとなった。彼の周りで事故や不幸が多発した。ケガ、事故、身内の不幸。特にひどかったのは、彼に声をかけた女子の受けた仕打ち。彼女は事故に遭って入院する羽目になった。最初は
「こんなこともあるか」
と気に留めてなかった彼も、否応なく「あの女」とあった日と彼の周囲の不幸な出来事とを結びつけないわけにはいかなくなった。店に入ったときの、明かりが灯っているにもかかわらず暗い雰囲気、上階に上がるときに軋んでいた階段、そして2人交わった部屋の、湿った畳、汚れた壁。記憶が確かであれば、彼は真因を突き止めるために、もう一度あの店に行っていた。

あの日泥酔状態だったことを後悔し続けても事態は好転しないと考えた彼は親に相談した。この件に関して、他に相談できる相手がいなかったからだ。李さんの身内は人数が多く、人脈は豊かだった。身内の伝手を辿り、助けを求めたのが霊媒師。霊媒師と言ってもその人は普段会社員をやっており、霊関係の稼業は副業だった。
事態は深刻だったため、彼は直接その霊媒師に電話をかけた。側にいたのは家族のみ。皆固唾を呑んで見守っていた。2回のコールの後にその霊媒師は電話に出た。彼は名乗り、一瞬の沈黙の後、その霊媒師は言った。
「今週末、空いてますか? すぐに除霊しましょう」

当日彼は家族と一緒に霊媒師のいる寺へと向かった。場所は関西某所。
「いらっしゃいませ。遠いところ、お疲れ様です」
挨拶もすぐに終わらせ、霊媒師は除霊に取り掛かった。彼らは広い部屋に通され、皆畳の上に正座した。彼は部屋の中央、そのすぐ前には霊媒師と除霊のセットと思しきものが置かれていた。家族は入り口近くの部屋の隅に並んでいた。部屋の中にはアシスタントらしき女性がおり、家族がいるところの対角にあたる場所に座っていた。

除霊は長時間に及んだ。午前中に来た彼らは昼食も食べず、途中、ほとんどトイレにも行かなかった。気が付けば、夕方。ようやく除霊が終了した。霊媒師は彼にお札の束を渡すと、
「1週間、これを家の入口と部屋の入口の扉に貼っておいてください。双方共に、室内でお願いします」
彼ら家族は霊媒師に除霊代金とお礼を渡し、帰路に就いた。

その後は不幸な出来事など発生せず、彼は平和な大学生活を送り、無事に卒業することができた。何日か経った頃に再び家族でその霊媒師のところに行った。その女は既に成仏していた。
彼が後日談を聞いたのは、就職してから3年が経つか経たないかの頃だった。ある日彼は父から呼び出され、こんな話を聞いた。

李さんの一族の特徴として、皆の顔立ちや雰囲気が似ているというものがある。特に彼は彼のおじの若い頃の姿と似ている。そのおじは昔、まだ赤線が存在した頃、ある売春婦と付き合っていたことがあるそうだ。おじにとってその売春婦との関係は遊びだったみたいだが、彼女の方がそのおじに入れ込んでしまったらしい。2人を別れさせるのが大変だったそうだ。その後その売春婦がどうなったかは定かではないが、一部では
「おじとの別れを苦にして自ら命を絶った」
という噂が流れていた。
「だから彼女は『ご無沙汰ね』と言ってたのか」
煮え切らない思いを抱えながらも、彼の中で自分が狙われた理由が腑に落ちたのを覚えているとのこと。


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