Netflixドラマ『極悪女王』徹底的に嫌われてこそヒールであることを掲げたダンプ松本の伝説
Netflixドラマ『極悪女王』めちゃくちゃ面白い。
PVから流血シーンが多く、監督もバイオレンス映画の名手白石和彌さんということで、これは生半可な気持ちで見てはいけないと思い、気持ちを整えてから一気見した。
物語は女子プロレスラーの試合がゴールデンタイム帯のテレビで見られるくらい人気があった1980年代全盛期(当たり前だけど当時はサブスクやYouTubeなんてものはなく、家で楽しめる映像エンタメはテレビくらいで、そんなテレビのゴールデンタイムは各局熾烈な視聴率争いをしていて、その枠にプロレスがあったということは間違いなく覇権コンテンツ)その全盛期に一線で活躍していたプロレスラーの名は、長与千種、ライオネス飛鳥、ダンプ松本
『極悪女王』はその3人の汗と血でまみれた青春物語。
ダンプ松本を演じたのは芸人のゆりやんレトリバァ、松本香で活動していた下積時代は、先輩に振り回されるコミカルなシーンが多く、コメディエンヌとしての技術が如何なく発揮され、ダンプ松本に覚醒してからは極悪プロレスラーとしての一面と、正統派スターに憧れながらもなれないというコンプレックスを抱え苦悩する裏の面がある難しい役を見事にやっています。
また、女子プロレスラーの正統派スターとなったコンビ、クラッシュギャルズの長与千種は唐田えりか、ライオネス飛鳥は剛力彩芽と、いろいろあって地上波での活躍が難しい女優が、テレビ全盛期で活躍していたプロレスラーを演じています。
メインキャスト3名含めプロレスシーンを撮影する前にプロレスを教わっていたということで体つくりもされており、ほぼほぼ試合シーンは役者の顔が映る正面から撮られていたため、ほとんどスタントを使っていないのではないかと感じました。
そのほかいろいろ驚かされます。
女子プロレスラーのファンって、このドラマを見る前は女性同士が組みあい、痛めつけられるところを見るのが好きな男性という勝手な偏見があったのですが、女性ファンが8割だったことを知り、ドラマでも試合を観戦する観客役はほぼ女性エキストラで考えがひっくり返されました。
それともう一つ驚いたのが女子プロレスラーの鉄則で3禁というものがあり『男・酒・たばこ』は禁止でした。
過激そうに見えて実はめちゃくちゃストイック!!
アイドルのそれと一緒です。
多分バレた時の先輩達からの制裁が物理的に恐ろしいのでアイドルよりもルールを守っていたでしょう。それに、プロレスは筋書きどおりの競技という前提ですが、台本や決着が決められていない戦いもちゃんと存在し、そのルールがドラマで生かされていています。
悪役レスラー、ダンプ松本(松本香)視点で描かれている本作は、人気の象徴であるスターと嫌われ者の象徴であるヒール(悪役)の対比が描かれていてそれはプロレスという枠に囚われず、エンタメにおけるヒーローの役割と悪役の役割が鮮烈的に描かれているようで、個人的にはめちゃくちゃ刺さりました。
松本香、長与千種、ライオネス飛鳥は同じ時期にプロレスラーを目指して練習に励んでいました。
先に注目されたのはクラッシュギャルズとして結成した長与千種、ライオネス飛鳥の2人、かっこいいと可愛いを兼ね備えた見た目と空手を取り入れた新進的なプロレス技術から女性からの圧倒的な人気を獲得し、歌手デビューも果たすことで歌って、踊って、戦える芸能人になります。
そこで松本も自分も2人のように人気者になりたいと望み、もがきますが、スターは望んでなれるものではないことに気が付いてしまいます。
さらに、松本香はとてもまじめな性格で、長与と飛鳥とは同期で切磋琢磨してきた仲であったため2人との試合はどうしても消極的になってしまい、そんな姿を先輩レスラーから怒られていました。
そして、家族からクラッシュギャルズのサインを求められてプレゼントするも、勝手に父親に転売されていたことに憤怒してから、自分に持っていないモノすべてに嫉妬し、逆に利用するため悪役レスラーの道を選びます。
これまでのプロレスにおけるスターと悪役という構図はあくまで試合だけの関係でしたが、ダンプ松本になると決めてからは、プライベートや態度を一変させました。
長与と飛鳥との親交を絶つだけでなく、常に攻撃的な姿勢でメディアや属しているプロレス協会にまで噛みつきます。
プロレスは地方営業が多く、試合に出る女子プロレスラー達はバス移動をしていましたが松本と極悪同盟は裏では仲がいいと思われないために、別の車両に乗り、誰も見ていないことろでも『極悪同盟』の旗を掲げ、バスに向かって野次を飛ばし喧嘩を売り続けます。
ダンプ松本になってから毎日のように脅迫手紙や電話が寮に届けられ、手紙の中には剃刀が仕掛けられている明らかな犯罪のようなものもありますが、ダンプ松本は指を傷つけながら開封し、その手紙を壁に貼り付けることで、嫌われ続けるという使命を忘れないように、またその悪意を吸収し、試合でさらにレスラーや観客に嫌われることをしてやろうと戦い続けます。
その結果、ダンプ松本はめちゃくちゃに嫌われ、ヒールに対抗する正義側のクラッシュギャルズは必然的に燦然と輝き、試合中継はゴールデンタイムに放送されるようになります。
父親がクラッシュギャルズのサインを勝手に売っていたと知った時は、自分がスターであればいくらでもサインを書いて家族を楽にできたのに、と思っていたことでしょう、でもスターにはなれない
なれないのなら、嫌われるしかない。それも中途半端にではなく、会場が覚めないような同情の余地を一切与えない、徹底的で完璧なヒールに。
……真面目だ、真面目過ぎるよダンプ松本。
スターレスラー、つまりみんなから慕われるプロレスラーは技を決めれば歓声を浴び、技を受ければ心配されますが、ヒールは技を決めたらブーイングを浴びせられ、技を決められたら「くたばれ」「帰れ」と言われます。
普通の精神であればそんなこと言われれば挫けますが、ダンプ松本は観客を飽きさせないために場外乱闘や凶器を使った反則技をして会場を盛り上げようとします。
一応テレビ放送をしているので公共の電波として流せるギリギリのエンタメとして成立させようとしているところが垣間見えるのがダンプ松本のメンタル的にも技術的にも凄いところ。
誰も彼女の味方になろうとする人はいないし、誰よりもダンプ松本がそれを望まないとする姿勢は、まさに『極悪女王』という名にふさわしい。
女子プロレス界での活躍を目指すプロレスラー松本香がダンプ松本に変貌してから流血シーンはだんだんと多くなっていくのですが、とにかく血の描き方の使い分けが凄い。
これはバイオレンスな演出が得意な白石監督にしかできない所業です。
ダンプ松本がプロレス界に現れるまではほとんど流血はなく、流血があったとしてもそれは戦闘の名誉による傷で、悪役(ヒール)はウェポンを使うにしてもドラム缶や栓抜きといったこれでは血を流せないだろう観客が思うアイテムで血を流すことで盛り上がるということでどちらかというとギミック的な面白さを表現する血だったのですが、ダンプ松本はフォークやはさみといった鋭利な物やチェーンを手に巻き付けてそのまま殴って血を流させるという明らかな故意でバイオレンスさ強調したものであり、段々とプロレス界が過激で、おかしな方向に進んでいることが視覚で表現されています。
なので、たびたび見るに堪えないような痛々しいシーンになっていくんですが、ラストにダンプ松本が純粋なプロレスを愛し、仲間と切磋琢磨していた松本香を思い出し、血を流しながらも正々堂々としたプロレスが行われる場面は感動しました。
プロレスは今のコンプラで言ったら絶対にテレビ放送はされないだろうし、ネットからプロレスというコンテンツが昔より盛り上がることは考えられません、だけど確かに過去、女子プロレスは日本人を熱狂させ、世界まで轟かせていて、クラッシュギャルズとダンプ松本は伝説を残したと知ることが出来ました。