生まれ変わっても君に救われたい
鞍馬はよく本を読む。
暇があればすぐさま本を読む。
鞍馬が本を読む理由、それはまだ自分の中にない言葉を見つけて少しでも自分自身を理解する為である。
鞍馬にとってわからないという感情は恐ろしいものだった。
鞍馬だけに限らず人は皆、わからないという事が一番恐ろしいものなのかもしれない。
だから鞍馬は本を読む。
自分が不安に押しつぶされないためにも、自分自身を理解するためにも本を読む。
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「ねぇ、浅草寺で酔って鞄の中のもの全部ぶちまけたの覚えてる?」
突然何を言い出すかと思いきやとんでもない事を鞍馬に話してくる東雲。
「めっちゃ覚えてる。」
なんたってその時隣にいたのは私だからな。
その時の動画だってスマホにある。
半分呆れながら鞍馬は東雲の話を聞いていた。
二人は渋谷にある行きつけの喫茶店に来ていた。
この場所に集合するときはだいたい東雲が鞍馬を呼び出し、無茶な提案をする。
これがお決まりのパターンであった。
しかし、今日はいつもと異なり鞍馬が東雲を誘っいた。
「で、どしたの?」
東雲はその異変に気が付いたのか、先ほどの馬鹿話がなかったかのように真剣な表情で鞍馬に問いかけた。
鞍馬は少し間を置いてから、タバコに火をつけ東雲に向かい合うようにして喋り出した。
「馬鹿になりたいんだよね。人の気持ちとか一切考えずに好きなこと喋って、満足して、何にも考えないそんな人間になりたいんだよね。」
重たい空気がその場を強く圧迫していた。
二人の周りはやけに静かで、いつの間にか二人きりになったのでは。と錯覚してしまう程であった。
「きっと、楽だろうねそういう人間は。」
東雲は何も言わずじっと鞍馬の話を聞いていた。
話を聞く東雲にいつものようなおふざけは感じられない。
そして何より彼女は鞍馬がなぜこのようなことを思ったのか理由を聞かなかった。
それはきっと、彼女も過去に同じようなことを考えたことがあったのだからだろう。
そう鞍馬は思った。
タバコを一口吸ってから鞍馬は東雲に問いかける。
「なりたい?そんな人に。」
東雲もまたタバコに火をつけじっくりとそれを吸い始める。
ラッキーストライク。東雲の愛好してる銘柄だ。
コーヒーはまだ微かに温かい。
東雲は二口目を吸いながらこう言った、
「羨ましいなと思ったこともあるけれど、今の私はこのままで良いって思ってるよ。」
そう言うと東雲はゆっくり口から煙を出した。
「アンタは今のままで良いんじゃないの?無理になんかになろうとしなくたって良いんだよ。私は賢い機転のきく人が好きだよ。それで良いじゃん。」
それは鞍馬にとって予想外の言葉であった。
鞍馬にとって間がいい人間は何人か存在するが、こんなにもピンポイントで他人を救うことのできる人間は彼女しかいないのだ。
彼女はまたしても鞍馬を救ったのだ。
全員好かれようなんて考えなくて良い。
たとえ一人だろうと、自分を信じてくれる人と一緒に居れるのならそれで十分なのだ。
鞍馬は目から溢れ出そうになる何かをグッと堪え、言った。
「私は君になりたいよ。」
東雲は驚いたのか固まっていた。
それから笑って、
「それはキモい。」
そう言い放った。
そうだコイツはこういう奴だった。
冗談だよ。と笑いながら返す鞍馬。
忘れられていたコーヒーは冷え切り、カップの中から存在を消していた。
いつか、君が私を救ってくれたように私は君を救うそんな人間になりたい。
鞍馬は静かに誓った。
外はシトシトと雨が降っている。
例年よりも遅い梅雨入りが先週発表された。
「ねえ、傘入れてくんね?」
店を出た途端思いついたかのように話す東雲。どうしてこの人はいつもこうなのか。
でも、それがまた良いのかもしれない。
「梅雨の時期くらい傘を持ちなさい。」
鞍馬の小言を無視して傘の中に入る東雲。
鞍馬の持っている傘は決して大きくはない。
タバコを吸いながらゆっくりと渋谷の街を歩く二人。
鞍馬は10分ほど歩いてわかったことがある。
流石に折りたたみ傘じゃ狭いよ。
鞍馬の左肩は既にびしょ濡れだった。
まあ、仕方ない。
そう思い、鞍馬はまたタバコを吸う。
そして、不満と共に煙を吐き出す。
吐かれた煙は曇天の空に同化し、跡形もなく渋谷の空に消えていった。
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