小さな言葉が心にぐさりと突き刺さる
初めてハワイを旅行したのは30年ほど前です。当時もハワイを訪れる日本人は多く、現地には多くの日本人観光客の姿がありました。
常夏の島ハワイは魅惑的なリゾート地でした。思い出に残る体験がたくさんあります。その中に複雑な気持ちにさせられた体験があります。一人の米国人女性の口から出た言葉に関わるものです。私が直接言われたわけではありません。でも心にぐさりと突き刺さりました。
それは「アリゾナ記念館」を訪れたときのことです。「アリゾナ記念館」は太平洋戦争の際に日本軍の奇襲攻撃を受けて撃沈されたアメリカ海軍の戦艦アリゾナ号を慰霊する施設です。犠牲者を悼むとともに戦争の悲劇を繰り返さないという願いをこめて設立されました。1941年12月8日未明(現地では7日)、日本軍はハワイの真珠湾を攻撃し太平洋戦争が始まりました。攻撃のターゲットとなったのが真珠湾に停泊していた戦艦アリゾナ号で、船上にいた1177名の兵士もろとも海底に撃沈されました。ほとんどの兵士が死亡しました。攻撃は日本による中国や東南アジアの侵略で悪化していた日米関係を最悪のものとし、その後1945年8月の広島、長崎の原爆投下によって終戦を迎えるまで数えきれない犠牲を生むことになります。犠牲者は日米だけでなくアジアや太平洋など多くの国の人を含んでいます。記念館で私はアリゾナ号が海底に沈んだままになっている様子を目にしました。戦艦をまたぐ形で建てられた海上の記念館には船もろともに死亡した人たちの名前が刻まれており、多くの命が失われたことに胸が痛みました。
見学を終えた私は併設されたギフトショップに立ち寄りました。買い物を終えて帰ろうとしたときです。日本人ツアー客の一団がやってきました。添乗員に案内され次々と店内に入ってきます。周囲に気遣いを見せる様子もなく大声で話をし、周囲の人を押しのけて商品を見ようとしています。私は嫌な気分になりました。同じ日本人として恥ずかしさも感じました。そのときです。私のすぐ横にいた米国人らしき年配の女性が苦々しい口調で「ジャップが邪魔だ!」と言うのが聞こえました。「ジャップ」というのは「ジャパニーズ」の短縮形です。日本人のことを軽蔑して言う時に使われることが多く、戦時中は米国人が敵国人である日本人のことを呼ぶ際によく使ったことばです。私はドラマや映画、ニュースなどでは耳にしたことがありますが、生身の人間が口にするのは初めて聞きました。彼女は「日本人がたくさんいるから買い物ができない」と言いたかったのでしょう。少なくともその場にいた日本人観光客に対して苦々しく思っているように思えました。
彼女が「ジャップ」という言葉を使った意図は不明です。差別的な意図があったかどうかも分かりませんし、戦争体験から「ジャップ」という言葉を発したのかどうかも不明です。でも彼女の口調からはその場にいた日本人に対して好意的な印象を持っているようには感じられませんでした。そしてそこが「アリゾナ記念館」だったことから、日本に対する負のイメージがあるのではないかと想像しました。あくまで私の推測ですが。
彼女の言葉は私に直接向けられたものではありません。でも私の心にぐさりと突き刺さりました。本人にどのような意図があるのかわからない小さな言葉でも人を傷つけることがあると強く感じました。そして自分も無意識にそういう言葉を発しているのではないかと思いました。