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『ケンタの三者面談』      (学年だよりから)                   

かつて「学年だより」に載せていたフィクション仕立ての学校の様子です。前回と話題が前後しますが、今回は入試に向けた面談の様子です。1990年代です。

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今日は三者面談の日だ。面談の最終日、それも最後だ。「やばい」人は長引いてもいいようにその日の最終に回されるという噂がある。ぼくもそうなのかな? お母さんの都合で遅い時間にしてもらったはずだけどそんな噂を聞くとちょっと心配になる。秀才のタケイくんは初日の最後だった。予定の時間を大幅に超えて40分話したって言ってた。でも彼に問題があるなんてことはない。きっとタケイくんのお母さんが話し好きだから長引いたんだろう。現に進路の話は5分くらいで終わり、あとは世間話だったとタケイくんは言ってた。彼のお母さんはホントおしゃべりが好きだ。中学生のぼくにだって話し出すと止まらない。面談中にタケイくんは寝てしまったらしい。最後までお母さんの話しに付き合った先生も偉いと思う。

ぼくの進路希望は県立A高校の普通科だ。親友のナオキは有名私立に挑戦すると言ってるけど、ぼくは自分が行けるところでいいと思ってる。中学校では剣道をやっていたが、高校ではアメフトをやりたいと思うのでアメフト部のあるA校を選んだ。先生とのこれまでの面談では、入試での失敗さえなければ合格できる圏内にいるらしい。問題は併願をするかしないかだ。ぼくはできれば併願はしたくない。両親も併願をしなくて済むならそれにこしたことはないという。 特にお父さんは「無駄金」を使わない人だから併願をしなくて済む学校を受けろという。「無駄金」に関してはぼくが小さいときから徹底していた。中学校に入ったとき、ぼくが塾に行きたいと言ったら「そんな無駄金はうちにはないぞ」とビシッと言われた。 ぼくが塾に行っても勉強しないと分かっていたからだと思う。だからといってお父さんはケチなわけではない。お金をかける価値のあるところには気前よく投資する。大学生の兄貴にはかなり投資している。兄貴は小さいときから勉強がよくできて努力家でもある。大学は医学部に進学した。ぼくも兄貴を尊敬してる。だからお父さんが兄貴にお金をかける気持ちはよくわかる。兄弟なのに不公平だという気持ちはない。 ぼくはそんなに勉強が好きじゃないから、お金をかけられるとかえって負担になると思う。勉強する人間にはお金をかけるが、しない人間にはお金をかけないというのは合理的な考え方だと思う。 そのかわりぼくが剣道を一生懸命やっていたので、お父さんは剣道のことには気前よくお金を出してくれた。ぼくもそれに応えるために中学校では真剣に剣道をやった。 

でもお母さんは違う。お父さんのような考え方ができない。少しでもいい高校に行かせたいらしい。お母さんにはA校が不満のようだ。それにA校だって絶対大丈夫というわけではないから落ちた時のことも心配している。僕が思わぬへまをやらかすことが多いからだ。「無駄金は使わない」ときっぱり言うお父さんとは違って、併願をした方がいいんじゃないかと言う。そう言いながら「お金がもったいない」とも言う。母親のジレンマなのだろう。それに僕の中途半端な成績が歯がゆいんだ。

進路のことはお母さんと話すことが多いが、話すたびにけんかになる。勉強のこともお父さんは何も言わないがお母さんはあれこれ言ってくる。この3年間、勉強嫌いのぼくにお母さんは何度「勉強しろ」と言ったことだろう。テスト前も「勉強してる?」が口癖だった。ぼくが「ウッさいなあ。やってんよ!」と言うと「そんなのやってるうちに入らないでしょ!」と言う。「勉強してる?って聞くからそう答えたんじゃないか。やってないと思うんだったらわざわざ聞くなよ」とぼくも言い返す。そしてけんかになる。勉強してる時も一段落して休んでいるときに限って部屋に来る。気分転換にマンガを読んだり、音楽を聴いたり、ベッドに横になっている時などでタイミングがいつも同じだ。真剣に勉強しているときには絶対に来ない。友だちもそう言っていた。 これってとても不思議な現象だ。親の嗅覚なのだろうか。

進路希望調査の時もお母さんとけんかになった。お父さんと同じようにお母さんも一応ぼくの気持ちを尊重してくれようとするのだが、「自分で決めろ。ただし決めたことには責任を持て」としか言わないお父さんと違ってなんだかんだ言ってくる。ぼくのことを心配してくれているのはわかるが、口では「自分で決めなさい」と言いながらぼくが決めたことにあれこれ言うのでぼくも腹が立つ。三者面談の前は併願をどうするかでお母さんともめた。ぼくは公立一本で行こうと思っていたし、お父さんの「無駄金」の件もあったので併願はしないと言ったら、お母さんは「ほんとに大丈夫なの~?」といやらしい言い方で聞いてきた。そして「ちゃんと勉強しておけばこんなに心配しなくても済むのにあんたも馬鹿ね」と言う。ぼくは腹が立って「お母さんの血を引いたからしょうがないじゃんか」と言い返した。僕の血液型はお母さんと同じO型だ。ちなみにお父さんと兄貴はA型。お母さんは「私の血があんたの頭に回ってたらよかったのにね。いったいどこに回ったのかしら、もう!」と反撃してきた。そのあとも止まらずあれこれ言い続けた。僕は反論するのもばかばかしくなってやめた。口ではいつもお母さんに負ける。 結局、進路調査表は「併願校保留」で出した。 先生は「親子でよく話し合うように」と言っていたけど、我が家の話し合いは物別れに終わった。

昨夜は「明日の面談は5時だから忘れないでよ」 と言ったら「併願はどうすることにしたの?」とまた併願の話を持ち出してきた。「保留にしてある」と答えたけど、実はぼくもだんだん不安になってきていた。だから入学時の納入金が一番安い私立を一つだけ探しておいた。「明日の面談で併願が必要だと言われたら○○高校を併願することも考えてる」と言ったらお母さんは「ふーん」とだけ言って行ってしまった。なんか気が抜ける。 

今日、お母さんは仕事をちょっと早く切り上げて4時半に帰ってきた。二人で学校に向かったが、お母さんと二人で歩くなんて久しぶりだ。途中で面談を終えて帰るダイちゃん母子に会った。お母さんが「(面談)無事に終わりました?」と聞くと、ダイちゃんのお母さんは「んなわけないでしょう。ちゃんと勉強しとけばよかったなんて今頃後悔してるのよこの子ったら」と言った。ダイちゃんは苦笑いしていた。うちもおんなじよ」とお母さんが言った。「ダイなんかといっしょにすんなよ!」と僕は思った。

学校には5時10分前に着いた。陽が陰って廊下はすごく冷えていた。ストーブが置いてあったので近づいて暖まりながら順番を待った。ぼくの前は頭のいいエリカさんだ。時折教室から笑い声が聞こえてくる。いいなあ、和やかな面談で。エリカさん母子が教室から出てきた。先生が次の方どうぞというのでお母さんと教室に入り、先生の前に並んで座った。先生は珍しくネクタイをしている。マチスの絵のような派手なデザインだ。先生こんなネクタイ持ってたんだ。「いつもお世話になっております」とお母さんがお決まりの挨拶をした。「希望調査では○○高校が第一希望で併願は保留ということですね」と先生。「併願は必要ないでしょうか?」とお母さん。 先生は「うーん。」と言ったあと、「微妙なところですかね。 入試次第でしょうか。実力が出せれば大丈夫でしょうが、ケンタくんは変なミスをすることがあるのでそこがちょっと心配です」と言う。確かにぼくはテストでいつもミスる。 それを言われると返す言葉がない。 「そうですよね、やっぱり併願した方が安心ですよね」 お母さんは何とか併願させる方向に持っていこうとする。「ケンタはどうなんだ?」と先生はぼくに聞いてきた。ほんとは一本で行きたいけど入試で絶対とれるという自信はないです」 とぼく。「あと2ヶ月あるぞ」と先生。「やるだけやってみますが、でも…」とぼくも弱腰になってきた。そこをとらえてお母さんは「やっぱり併願する方がいいですよね、先生」と先生に同意を求めている。先生は「どちらがいいとはぼくは言えませんねえ。併願すれば安心ですが、お金もかかることですから。最終的には本人と親御さんで決めていただかないと」と決定を僕たちにゆだねてきた。ぼくはまた保留にして帰るのもいやだったので、「お父さんがOKしてくれれば併願するよ」と答えた。 お母さんは「お父さんは大丈夫」と言って「じゃあ併願でお願いします」と決めてしまった。15 分で面談は終わった。

帰りはもう真っ暗だった。空にはオリオンが出ていた。歩きながらお母さんが言った。「ケンタはやればできるんだからがんばりなさい」 と。いつも憎たらしいことばっかり言うお母さんのやさしい言葉にちょっとジーンきた。でもそのあとお母さんはこういった。「安いとは言ってもねぇ、A校に入ったら併願のお金は捨てることになるんだからね。入試が終わったらその分うちの手伝いしてちゃんと返しなさい」 お母さんはいつもこうだ。 冬のオリオンがぼくたちを笑っているように思えた。
 


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