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93 過去問ばかりの授業

高校入試が本格化する3学期、多くの中学校では3年生の授業が受験対策に変わります。多くが過去問への取り組みでしょう。過去の入試問題をやって本番の試験に備えるのです。問題に慣れるという目的もあります。学習指導要領の範囲は早めに終わらせて2学期の終わりから過去問に取り組む学校もあります。入試科目の授業は過去問一色になりがちです。

生徒も保護者も受験対策を望みます。合格するためには入試で点数を取ることが必須ですし、そのための対策に力を入れてくれる先生を望みます。入試に関係なく「本来の」授業を進めていると「ちゃんと受験対策をしてほしい」とクレームが来たりします。生徒が入試でよい結果を出し、志望校に合格することは教師のだれもが願います。そしてそのための指導もしようと思います。入試にはテクニックやコツが必要なこともありますから、それを伝える教師がいても不思議はありません。少なくとも塾に行っている生徒は塾で受験のノウハウをたくさん教えられているでしょうから、塾に行っていない生徒のためにも学校で教師がそれを「伝授」するのは悪いことではありません。

でも何となくもやもやした気持ちにもなります。受験のテクニックを教えることが学校教育の本来の目的ではないと思うからです。明けても暮れても過去問に取りむ生徒たちを見ていて、「これでいいのかな」と思うことがよくありました。過去問対策も勉強にはなりますが授業の本来の目的とはどこかずれると思うからです。中3の3学期はいささか歪んだ学校教育が行われているように感じます。

点数を取らせるための指導は教師の本来の仕事ではないと思いながら、実際には私も過去問をやらせていました。そして受験対策の「実験」をしたことがあります。入試に向けたものではありません。私が教員をしていた頃、県内の公立高校の入試選抜は当日の入試のほかに2,3年生の内申点と2年生の3学期に実施される県の統一テストの結果を総合して判定されていました。そして統一テストの結果がかなり大きな割合を占めていたのです。統一テストは9教科すべて行われました。それゆえ2年生の3学期はどの学校も統一テスト対策一色でした。教師達はここでも生徒に過去問をやらせ、答え方のコツを指南し、生徒が1点でも多くとれるように指導しました。試験の結果が翌年の受験に大きくかかわるのですから当然でしょう。

私が「実験」をしたのはこの統一テストに向けてです。私は英語を教えていましたので過去7,8年分の英語の問題をすべてチェックして出題傾向を分析しました。今ならAIが簡単にやってくれるのでしょうが、当時は手作業でかなり大変でした。でも傾向は明らかになりました。当時は発音、アクセント、並べ替え、穴埋め、書き換えなどの問題が主流でしたが、パターンが毎年同じです。特に並べ替えの問題などは単語が異なるだけで形式はほぼ一緒です。たとえば、What  sports do you like? の構文は毎年のように出題されていましたが、多くの生徒が What do you like sports? と答えてしまいます。毎年採点していてそれがわかっていましたから、私は生徒たちに言いました。「並べ替えの問題でWhatと名詞があったらたいていWhat の次には名詞が来るからね」と教えたのです。何という教え方でしょう。英語教育の専門家が聞いたら怒るかもしれません。生徒の中には文の意味など考えずに答えた者もいたと思います。正しい英語の学習でないことはよくわかっています。でもあえて実行し、他の問題についてもこのようなアドバイスをたくさんしました。

その結果、生徒たちの英語の平均点は県の平均よりはるかに高いものとなりました。生徒たちは喜びました。保護者も同じです。私に教われば塾に行く必要がないといううわさまで流れました。テクニックを教えればある程度の成績は得られるというのが私が実験で得た結果です。口には出しませんでしたが私はあくまで実験として行ったので、本来の学習の成果ではありません。だから実験はその年限りでやめ、それ以降は必要以上のテクニックを伝えることはしませんでした。平均点が下がったのは言うまでもありません。

毎年変わらぬ傾向で出題される学力試験、パターン化しコツを覚えれば内容を深く吟味しなくても答えられる問題、入試のためだけの授業、点数を取らせるための指導、過去問に明け暮れる受験生の毎日など受験指導については考えさせられることがたくさんあります。


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