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152 涙をこえて再出発しようよ

放課後、戸締りを確認しに教室に行きました。部活動の時間も終わり生徒はもうだれもいません。真っ暗な教室のドアを開けて明かりをつけた私の目に飛び込んできたのは黒板一面に書かれた文字でした。「僕たちの合唱をよくするための8か条」とタイトルがつけられています。合唱コンクールの責任者を務めるA君が書いたものだとすぐにわかりました。「8か条」はクラスのみんなで話し合って決めた約束事です。

A君は合唱コンクールのリーダーとして練習開始からクラスを引っ張ってきました。伴奏者でもありパートリーダーにもなっています。A君は練習の様子を毎日克明にノートに記録し、放課後私に渡してくれていました。それを見るとクラスの練習の様子がよくわかり、指導に役立てることができました。みんなのやる気が見られたときはA君はすごく嬉しそうでした。反対に練習がうまくいかないときは困った様子で相談に来ました。そしていっしょに考えました。

そんな彼が黒板に「8か条」を書いたのは翌朝みんなが登校した時に読んでもらうためのです。彼の気持ちを伝えているようで私は胸が熱くなりました。実はその頃クラスで大きな問題が起きていたのです。女子の間では部活でのいじめ問題がクラスにも波及し始めていました。男子の間でも自習時間に起きたちょっとした悪ふざけからやはりいじめ問題が発覚していました。いずれも学年の教師や部活の顧問を含めて厳しい指導がなされ、中には部活の顧問からペナルティとして活動を停止させられていた者もいました。クラス全体に暗い空気が流れていました。

そんな中での合唱です。とてもコンクールに向かう雰囲気ではありません。練習に集中できない生徒も多く、リーダーのA君は悩んでいました。自分はピアノ伴奏の練習もしなければなりません。そんな中でみんなの合唱を少しでも良いものにしようとがんばるA君に担任の私は頭が下がる思いでいっぱいでした。だから時間の許す限りクラスの合唱づくりに関わってきましたが、常に付き添っているわけにはいきません。自然にリーダーのA君が負担を背負うことになります。責任感の強い彼がどれだけ頑張っていたか私にはよくわかります。だから私は翌日の学級通信に以下のようなメッセージを載せました。一部抜粋です。

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昨日の放課後、戸締りを確認しに教室に行きました。部活も終わり校舎にはもうだれもいません。真っ暗な校舎で教室のドアを開けた私の目に飛び込んできたのは、 黒板一面に書かれた「僕たちの合唱をよくするための8か条」でした。A君が書いたものであることはすぐにわかりました。みんなも今朝見たでしょう。どう思いましたか?

この1か月、クラスでは嵐が吹き荒れましたよね。そんな中での合唱練習。みんな練習に身が入らない様子でした。でもそんな中でリーダーのA君は一生懸命がんばっていました。そしてみんなの練習の様子を毎日私に報告してくれました。そしてどうしたらみんなの心が合唱に向かえるようになるか一緒に考えました。そんな中でA君が黒板に書いた「8か条」。私が書くように言ったわけではありません。A君が自分で考えたことです。「みんなで決めた『8か条』を思い出してクラスのみんなで再出発しよう」というA君のメッセージのように私には思えました。そんな彼の気持ちをみんなはどう受け止めていますか?

クラスに吹き荒れた嵐は関係した人たちにとってはつらいものだったと思います。直接関係のない人たちにとっても重苦しい雰囲気の中で生活するのは苦痛だったでしょう。でも、それがみんなを成長させることにつながったら決してマイナスではありません。大切なのはこれからです。失敗をどう活かすかが大切です。Y君がこの前学活で言ってたじゃないですか。「新しい気持ちでまた頑張ろうぜ」って。同感です。やり直せばいいのです。反省したらそれを活かす努力をすればいいのです。

合唱練習ではA君のほかにも指揮者のMさんやTさん、伴奏者のNさんなど頑張っている人はたくさんいます。そんな人たちのためにも、嵐の渦中にいた人もそうでない人もまたみんなでいっしょに頑張っていきませんか。みんなが合唱コンクールで歌う自由曲『涙をこえて』は今のみんなにぴったりの歌だと思います。この1カ月、私は関係した人たち一人一人と話をしました。その間に何人の涙を見たことでしょう。私自身も知らぬ間に涙を流していることがありました。

「涙をこえてゆこう、なくした過去に泣くよりは
涙をこえてゆこう、輝くあした みつめて」

今のみんなを歌っているような歌詞じゃないですか。さあ、涙をこえて再出発しようって。

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