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 【掌編怪談】安藤の運動会

 今から10年前、某小学校の運動会の日。
 朝7時に校門が開くと、門前に集まっていた保護者達が、一斉に校庭に雪崩れ込んだ。彼らは手に手に、レジャーシートを持っている。
 観覧席の場所取り争いだ。
 現在は抽選制に改善されているが、当時はまだ早い者勝ちの争奪戦だった。
 1番の良席である、グラウンド南側、最前列の真ん中を確保した安藤という男性が、
「ヨッシャー!」
 と叫びガッツポーズした。
 校門を開けた丸山教諭は、そんな安藤の姿を唖然と見ていた。彼は運動会には場違いな人物だったからだ。
 安藤にはAという息子がいて、丸山が担任を務める6年4組の生徒だった。だが1ヶ月前、不幸にもAは交通事故に遭い急逝した。
 安藤は我が子が不在の運動会を、わざわざ我先に場所取りまでして見に来たのか?
 丸山が不審に思う中、運動会が始まった。運動会は1年生から6年生までの各クラスを、赤組と白組に分けて、総得点で勝敗を競う。丸山の6年4組は白組だった。
 やけに転倒者が多い運動会だった。徒競走は勿論、玉入れや綱引きでも転ぶ児童が相次いだ。見えない誰かに突き飛ばされた様に転倒するのだ。
 しかも赤組の児童ばかりだ。
 件の安藤は、ビデオカメラを片手に運動会を撮影しながら、何故か赤組の児童が転ぶ度に、
「いいぞ!」「良くやった!」
 などと歓声を上げた。彼は数年前に妻にも病気で先立たれ、息子のAを事故で亡くした今は孤独の身だった。そんな彼の奇行に、丸山を含め教員達は同情こそすれ、何も注意できなかった。
 結局、赤組の転倒者の続出で、運動会は白組の圧勝に終わった。
 それから1週間後の夜遅く、安藤が急に丸山の自宅を訪ねて来た。
「先生、先日の運動会のビデオ映像、息子のAが活躍した場面だけを編集したんです」安藤は玄関で丸山に1枚のDVDを手渡した。「ぜひクラスの子達と見てください」
 そう言い残して、安藤は立ち去った。
 Aが映っている訳ないだろう、と丸山は薄気味悪く思いつつ、一応DVDを自宅のパソコンで再生して見た。
 Aが映っていた。他の児童達が白の半袖と紺の短パンの体育着の中、Aだけは白装束姿だ。それは納棺時の死装束だった。
 画面に映るAは、運動会の最中を自由に動き回り、赤組の児童を突き飛ばしては笑っている。
 赤組の児童達が、不自然に転倒したのは、Aの幽霊の仕業だった。つまり、白組の圧勝は、Aの活躍のおかげだった。安藤だけはその姿が見えていて、歓声を上げていたのだ。
 茫然と映像を見終えた丸山は、もう一度再生しようとした。
 だが映像は全て消え、DVDは初期化されていた。
 そこで今更はっと気付く。
 安藤は昨夜、校庭の木で首を吊り、今朝遺体で発見されていた事を。

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