【掌編怪談】次男教
和也さんには、二歳年下の弟がいる。
両親は和也さんを厳しく躾けたが、弟は甘やかし育てた。和也さんより、弟を優遇した。
いわば長男教ならぬ、次男教だ。
最たる差別は旅行だった。
両親は弟が赤子の頃から、何故か毎年、北海道と沖縄へ観光旅行に連れて行った。その間、和也さんは祖父母に預けられ除け者だった。
和也さんは虐待されていた訳ではないが、両親の愛情の隔たりが不満だった。
それは弟も同じだった。自分が兄より贔屓される事に年々、ばつの悪さを募らせていた。
中学二年生になった弟は、反抗期の癇癪を両親に爆発させた。
「今年の北海道と沖縄旅行には、兄貴も一緒に連れて行け!」
「それは駄目だ」
「どうして⁉︎」
「それは……」
口籠る両親に、弟はキレた。
「じゃあ、旅行には俺一人で行くから、金だけ寄越せ!」
弟は夏休みに一人で、前橋市の自宅からタクシーで羽田空港に向かい、北海道と沖縄を長旅して戻った。
その年の大晦日、和也さんは家族と居間で年越しを迎えた。
元旦の0時になった途端、居間に突如、旧日本軍の軍服姿の男が出現した。
軍人は瞬時に、弟を軍刀で斬り付けた。
斬られた弟が倒れて死ぬと、軍人は消えた。弟に外傷はなく、死因は急性心不全だった。
弟の死後、彼は夏休みに北海道や沖縄へは行かず、SNSの知人を頼り、東京の歓楽街で遊び歩いていた事が発覚した。両親が予約した航空券や、宿泊同意したホテルは勝手にキャンセルされていた。
北海道、沖縄、そして軍人。
これらの関連性を調べた和也さんは、徴兵制に着目した。
明治初期、徴兵制が施行された頃、北海道と沖縄は兵役免除地だった。実際、兵役を逃れる為に移住する者達もいた。
また当時、一家の長男である事も、兵役免除の一つだった。
恐らく件の軍人は、兵役免除の対象者は襲わないのだ。だから和也さんは看過された。
その長男特権のない弟に、年に一度、兵役免除地だった北海道と沖縄を旅行させるのは、件の軍人を忌避する、魔除けの巡礼的な意味があったのではないか。
それに反したから、弟は年明けに、軍人に殺されたのではないか。
両親が和也さんを旅行に同伴しなかったのは多分、既に長男の身分で兵役免除に該当する彼が、弟の巡礼に邪魔だったからだ。
両親が弟を偏愛した次男教は、あの軍人に命を狙われる境遇への憐憫だったのだ。
和也さんの家系と、その子孫を祟る軍人と、徴兵制や兵役免除……それらの間に、どんな因果があるのか、事情を知るはずの両親や祖父母は、語る事すら恐れて黙ったままだ。