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もう機能性にもついていけない

ファッションを諦める口実のためにある

「機能性」

しかし現在私は、その機能性にもついていけない。

「いやいや笑、機能性重視してるからってそういう話じゃ無くて、着こなしは?自分でどうにか出来るやろ?着こなしは?」

なんて言われたら、全く言い返せないし涙目にはなるけど、その気が無いのは見て分かれよ?


関係ない。

暖かくなる肌着はすぐ暑くなって、脱ぎたくなる(脱いでも着こなしは芋っぽいのかもしれない)。

あんなに朝が寒くなってたのに。

今年の温度調節が難しいっていうのもあるが、脱いでカバンにしまうのが、家に帰ってまた出すのが面倒で意地で着ている時がある。

しかも機能性だけでは無く、ファッション性が追加されている服もある。

ファッション性というか、デザインが豊かというか。

だから諦めることを見せるためにトレーナーの襟からシャツが出てたり、ズボンを片方だけ捲ったりしているのを放置している。

諦めるとかでは無くなってしまい、訳が分からない。

精神性が幼いなとそこまで幼くない自分が自分を見ている。

ついていけなくても慣れがある。

何も考えずに服を着ている。

洗濯物が乾いたのを早々に着ないようにするのが、1番気にかけている。



服のことを言っていくよりおしゃれの基礎として重要っぽいのが

背筋

もしくは

土踏まず、もとい扁平足

自体には、機能性は関係ない。

その人のための機能性なのに。

機能性についていけないからと言って、機能性の意味がないぐらい、身体が不調で良いわけが無い。


機能性を無にしている自分に自分が特別な存在に感じ取ったりしようとするが、

そこまで機能性に金をかけても、己の人生をおんぶに抱っこはしてくれない。


もっと、モテたいって思っていっても良いねんけどなぁ。


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