吠える人
これは、狐の嫁入り事、私が中学生の頃に体験した話です。
それは、学校から一人で帰宅していた時に起こりました。
季節は六月の蒸し暑い梅雨っ只中。
私の帰宅通路は人通りが少ないところで、なるべく遅くならないようにしてたんですけど、その日に限って友人に頼まれ事をされてしまい、かなり遅い時間になってしまったんです。
薄暗い夕方、しかも人も車も通らなくて心細く思っていたんです。
そうしたら。
「わんわん!」
突然犬に吠えられたんです。
振り向くとそこには、首輪を着けていない雑種犬がいました。
ワンちゃんだ、そう思い少し不安も和らいだんですよ。
犬を見ると直ぐ撫でたくなっちゃうので手を伸ばしましたんです。
すると。
「わんわん!」
急にまた吠えられてしまい、私驚いて手をひっこめたんです。
嫌われてるのかな……?
何て思い、私はわんちゃんに軽く手を振って別れを告げ、また歩き出したんです。
暫く歩いていたんですけど、なぜかさっきのわんちゃんが着いてくるんですよ。
気になって足を止め振り返ると。
「わんわん!」
また吠えられてしまったんです。
しかも結構しつこく。
食べ物が欲しいのかな?
何となくそう思って持っていたクッキーを投げたんですけど、それには全く反応しなくて、とにかく吠え続けるんです。
ちょっと怖くなってきてしまって、少し早足になって帰ったんです。
それでも犬はしつこく追いかけて来るんですよ。
しかも何度も吠えまくる。
距離を取ろうと走ってもとにかく追いかけて来るんです。
周りに人もいないし助けも呼べなくて、不安はだんだん恐怖に変わっていきました。
噛みつかれるんじゃないかとか、とにかく気が気じゃなくて、持っていた携帯で親に電話したんです。
そうしたら母親が近くまで迎えに行くと言ってくれて、私はそこまで急いで走ったんです。
それでも犬はしつこく吠えながら追いかけて来るんです。
もう怖くて怖くて必死に走りました。
家まであともう少し、路地の角を曲がると不安そうな顔をした母親がいました。
後ろを振り向くとさっきの犬が今にも飛び付いてきそうな勢いです。
それを見て恐ろしくなった私は半泣き状態で母親に抱きつきました。
「ママ!」
「どうしたの狐?」
「犬が、犬が追いかけて来るの!」
「犬?犬何て居ないわよ?」
「えっ?」
「さっきまで追いかけて来たの!」
「あ……うん、とにかく家に入りましょ」
「う、うん」
犬の気配はなく、吠える声はもう聞こえてきません。
私は母親に肩を抱かれた状態でそのまま家の中へと連れられました。
すると、玄関に入ると母親が慌てて玄関の鍵を掛けたんです。
その様子がちょっと訝しく思った私は母親に尋ねました。
「ママ?どうしたの?」
「えっ?ああ、うん……」
母親は一瞬顔を曇らせ、言おうか言いまいか迷った様にして口を開きました。
「犬はいなかったんだけど……知らない男の人がじっとこちを睨んでたからちょっと怖くって」
「男の人!?」
「ええ……あっちょっとダメよ狐!」
玄関の扉を開けようとすると、母親が必死にそれを止めてきました。
私は仕方なくドアスコープを覗いたんです。
そしたら……、
薄暗い闇の中、男が一人立っていました。
そしてその男は徐に顔を上げ……。
「わんっ!!」
犬の鳴き声をあげたんです。
そして男の人は満足したかのように、その場から立ち去っていきました。
以上が、私が体験した話です。
あれ以来あの犬、いえ、あの男に追い回されてはいません……。
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