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「人材不足」という梯子が外される日に、あなたは何を思うのか

裏事情というほどでもないのだが、医師の転職に関するポストが思いのほか拡散された。


なかなか香ばしい話であり、多くの人々が「飛んだ勘違い野郎がいたもんだ」と呆れ果て面白がった結果だろう。

いやはや、まともな感覚であればこんな職探しのやり方はしない。

華々しい業績や技術もなく(知らんけど)、無駄に歳だけ重ねたと言っても過言ではないその履歴書で、べらぼうな対価を要求する。

まるで婚活市場の無限地獄に長年居着く特級呪物を彷彿させる振る舞いだ。

当然の如く、”マッチ”するはずもなく、履歴書は一瞥されゴミ箱行きとなった。


残酷な話?

いやいや、これって、とってもおめでたい話なのだ。

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たしかに病院は人材不足に頭を悩ませている。

医療の現場では常に人手が足りない。

何も医者に限ったことでない。

コメディカルや医療事務なども慢性的に不足している。

これらの求人を出していない中規模以上の医療機関は皆無と言っても良い。

ただ、この状況に、

「医療者って絶対数が足りてないんだ…」

もしあなたがこう考えたのなら、それはいささか純粋過ぎるだろう。

これは医療者の「数が足りてない」ことに起因する問題ではない。

この人手不足は単なる雇用主と被雇用者の認知のズレによるものだ。


先のポストの医者が良い例だ。

この高齢の医者は自身では、「自分に価値がある」と認識している。
当然求める対価は高くなる。ただ、実際には価値や能力がなく、出来る仕事は限られる。

一方、病院は人手を欲している。ただ”その枠の適正価格に見合う範疇で”まともな医者を探している。アプライしてくる人材は役不足なだけで無く、分不相応な対価を要求してくる。
欲しい人材は見当らない。

人材不足はこの認知のミスマッチの結果だ。

両者の想いはスレ違い、本来ならば一生交わることはない。

現代では、そんなベクトルのズレたねじれの位置にある両者の間に「人材不足」という名の梯子が架かっている。

交わることのないはずの両者を「人材不足」という言葉が繋ぎ止めているのだ。

「人材不足という梯子」が架かっているから、このような馬鹿げた求職者ですら、一応アプライする形を取れるのだ。

とんでもない希望年収額が観測できるのは、「人材不足」という、労働者にとって大変ありがたい事象のおかげなのである。

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人材不足にまつわる真の悲しいエピソードを一つ紹介しよう。

僕がたまに顔を出すAクリニックの看護師たちの話だ。

Aクリニックは少々特殊な病院で、全職員の中で、看護師の業務がダントツ楽で、完全に単純作業化している。

本来、看護師という仕事はカバーするエリアが広く、科によって疾患特性も大きく異なるため習熟するには膨大な時間を要する。

特定の専門科に絞った働き方でも、”デキる看護師”になるには4−5年かかるだろう。

ところが、Aクリニックでは、看護師業務から属人性が排除されたシステムが構築されている。

就職してくる看護師もスキルアップ目的でなく「ゆったり勤務」を第一に希望している。

いわゆる「再雇用世代」「ママさんナース」などのベテラン勢ばかりだった。

働く看護師たちも「老後のボケ防止」(本人が言っていた)や「子育ての妨げにならない範疇での小遣い稼ぎ」と割り切って働いていた。

「成長はない、その代わりラク」


ビジネスモデルを回転させたい雇用主と、キャリア形成は不要な(既に済ませた)被雇用者。

需要供給は完全にマッチしていた。

職場も割り切った関係性故に、円滑に回っていた。

ところが、そんなAクリニックに、数年前から新卒の看護師が入職するようになった。


なぜ、新卒でこんな特殊な職場へ?


理由を聞いてみると、

「とにかく楽だと聞いたので」
「夜勤とか無理なんですよね」
「別にどこでもよかったんですけど」

こんな言葉が出て来る。

当初、新卒入職は想定されていなかったAクリニックではあったが、慢性的に人手は足りていない。

そして業務も単純作業だ。

新卒で就職すべき職場とは到底言い難いが、スキル習得はさておき、「業務をこなすだけ」なら、1年かからないだろう。

実際に半年ほどの指導を経て、新人たちは、看護師一般スキルは皆無だが、業務に限っては滞りなく回せるようになった。

そこから数年が経ち、思わぬ転機が訪れる。

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新卒入職の看護師たちの数人が、退職する、と騒ぎ出したのだ。

理由は忘れてしまった。志望動機同様によくわからないイマドキの理由であったはずだ。

何を選択しようが人それぞれだ。外野がとやかくいうモノでは無い。

それぞれに就職先を探したり見つけたりしていたようだし、次の場所で頑張って貰えば良い。

皆が頭にクエスチョンマークを抱えながらも、表面上は快く送り出すつもりでいた。

「有給は全部消化します!」

彼女たちは、人目を憚らずそう宣言していた。


ところが、蓋を開けてみると、最終勤務日を過ぎても変わらずAクリニックで働く彼女たちの姿があった。


その理由はもちろん一つだ。


”転職失敗”である。


知人の伝手で就職できるはずだった人手不足のクリニックに、最終面接の土壇場で「やっぱりすいません…」と断られてしまったらしい。

滑り止めだと豪語していた健診センターも、最終的には恐ろしく低い報酬額を提示してきた、とのことだった。

別に彼女たちは高望みした条件を掲げ、転職活動していた訳ではない。


そして人手不足の職場も本当に「人材」を欲していたはずだ。



それでも、転職は叶わなかった。


結局彼女たちは、辞めることを辞めた。




退職前までは、「私たちは資格職なんで引くて数多です!」と息巻いていたが、その勢いはどこへやら。

退屈な職場を辞めることが出来ずに、今日も単純作業に勤しんでいる。

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「人材不足なのに転職出来ない」人たちはこの先の未来、どんどん溢れてくる。

馬鹿げた条件を提示したせいで転職出来ない例なんておめでたい話だ。

この先は、価値形成が不十分であれば「普通の転職」すら困難になっていく。

「人材不足」という梯子はいつか外されてしまうのだ。

先のポスト医者の例では、まだ彼が30代であれば転職の可能性はあったかもしれない。

Aクリニックの看護師だって、新卒カードを使えば「人手不足」の医療界では就職先に多くの選択肢があっただろう。

どの病院にも「人材不足」という誰でも登り降りできた梯子が掛かっていたのに、時の流れとともにその梯子は一つまた一つと消えてしまうのだ。

そして令和の時代、人材不足の梯子は加速度的に消滅していっている。


雇用主たちが「人材」を求めることを辞めたからだ。

その証拠にAクリニックでは、安定した代替可能な労働力を得るため、○イミー導入を計画している。


業務が単純作業なのでマニュアルとシステムを整えれば近いうちに運用可能となるだろう。

新卒看護師たちは転職どころか、現在のポジションすら危うくなる


Aクリニックは「人材不足」という梯子を自らの手で破壊し始めたのだ。

価値形成に失敗した者たちは、もうその梯子を登ることも、降りることもできない。


もはやどこにも行けないのだ。

奈落の底へ突き落とされるか、梁に必死でしがみつくか。


それ以外の選択肢はない。

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実力と乖離した待遇を求めて転職を希望する人たちが目につくうちはまだまだ平和だ。

「人材不足」の神話がまだまだ生きている証でもある。

ただ、ゆくゆくは組織の末端において「人材不足」という言葉は死語になる。

これからの時代は労働者にとっては残された最後のロスタイムで、雇用主にとっては「雇用の無いビジネス」へのウォームアップの時間だ。


もはや怠惰な労働者安寧の地は与えられないのである。

”価値を形成した人””可能性を秘めた若者”のように、人材不足の梯子を登って好きな場所へと自由に行き来することは、もう出来ない。

あなたは何者かにならなければ何処へもいけなくなるのだ。



そしていずれ、「人材不足」と「あなた」は関係のないものになっていく。



さて。




「人材不足」という梯子が外される日に、あなたは何を思うのか?






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