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「若者が仕事にモチベーションを持てるような"支援"」は必要か?
興味深いポストを拝見した。
アカデミアで活躍しつつも、育児をこなす素晴らしい先生の記事だ。
■識者の眼
— 日本医事新報社|設立1921年の医学書出版社 (@jmedj_news) January 23, 2025
三澤園子先生(@misono_cafe)に
「SNSから見える今どきの医師の本音と未来へのヒント〜勉強してもメリットないのでやる気がしません」
と題し、ご執筆いただきました!
私のSNSに実際に寄せられた言葉から、今どきの医師の本音とその背景、今後について考察します。…
大前提として、僕はこの先生を心の底からリスペクトしている。
一方で、少し思うところもあり、
「若者が仕事にモチベーションを持てるような支援」
が必要か否かについて、持論を述べさせていただく。
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まず最初に述べておくと、僕のスタンスは「これらの支援は一切不要」である。
なぜならば、ここで言う「若者」は「駆け出しの医者ないしは医学生」のことを指しており、かれらはすでに”大人”だからだ。
大人にとって「頑張る理由」は赤の他人に恵んで頂くシロモノではない。
「それは教育の放棄では?」「それでは成り手がいなくなってしまう。」
などと生ぬるいことを宣う人もいるだろう。
よって、この問題はさらに具体的に解像度を上げていく必要がある。
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モチベーションを他人から得ること自体は本人の勝手である。
誰かをみて「こうなりたい」と思うことは万人に与えられる自由だ。
勝手に憧れて、勝手に目指せばいい。
分別のつかない子供であれば、その未熟さゆえに善悪の判断ができないため、大人が適切な情報を与える義務があるだろう。
ここまでは皆が同意のはずだ。
問題は大学生や新卒の社会人である。
彼らは立派な大人である。
彼らは本来「望んで」今の立場にあるはずだ。
高等教育以降は義務教育ではないし、ましてや医学部なんてものは大学の中でも「わざわざ目指して行く場所」だからだ。
勝手に目指して来ておいて、「モチベーションが湧かないからよこせ」と言うのは正気の沙汰とは思えない。
ラーメン屋に来ておいて、
「すいません…ちょっとラーメン食うモチベーションが湧かないんですケド…」
と言い出すアホはどう考えても異常者だ。
誰に頼まれたわけでもなく、自ら学費を払って、その職種を望んで学びに来た立場である。
そんな状態で「モチベをよこせ」は、大人の社会のルールからすると「アタマオカシイ」レベルなのである。
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「じゃあそう言うけど、そういうあんたらは24時間365日常に医者として高いモチベーションで仕事してるわけ?」
当然、これを読んでいる皆にはこの反論が湧き上がるだろう。
これに対する僕の答えはこれだ。
「そんなわけない。」
当然やる気が出ない日はあるし、将来の漠然とした不安で目の前のことに手がつかない時期だってある。
これは僕だけでなく、多くの中堅たち、上司たちも同様だろう。
何も若者だけに特有の現象ではない。
「モチベーションが湧かない」なんてことは誰にとっても当たり前の日常である。
最近のオカシイ部分はその原因やその対処を他人に求める時代になってきた、ということだ。
「僕が頑張れるようにモチベーションを与えるのは上司の役目でしょ?」
文字に起こすとその異常そのものだが、暗にこう主張する愚にもつかない輩が実際に存在しているのだ。
この異常なまでの権利意識にはやはり制度の変化が大きく寄与しているだろう。
すなわち、働き方改革や過剰なハラスメント問題だ。
僕が若手から中堅へとキャリアを重ねる時期に、まさにこの制度以降の過渡期にいた。
自身が下働きとして数年前に”当たり前”としてやっていた業務や責務が、みるみるうちに若手から剥がされ、
「全員で等しく負担しよう」
というのがスタンダードになった。
それは”歪な平等”だった。
中堅と若手で実力差は明確にある。責任も当然の如く上が100%取る。
両者には明確な力と立場の違いがある。
それでも権利は平等。
現場がみるみるうちに様変わりしていく様子はなんともグロテスクだった。
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例えば、僕のいた病院ではこんな変化があった。
循環器内科ではカテーテル治療やペースメーカー植え込みなど手術がある。
大体が2−3人ほどで治療にあたるのだが、治療が終わった後は、「レポート」というのを書く。
外科ではオペレコ(operation record)なんて呼ばれたりもするが、術中の所見や施行した処置の手順、使用した物品などを詳細に記録して行くものだ。
僕が若手の頃は、これを書くのは「1番下っ端の仕事」であった。
当時の若手の僕は、
「いや、術者が書いたほうがいいだろう…」
と心の底で思わなくもなかったが、「まぁこれも勉強」と割り切ってやっていた。
手順を改めて書き出すことで確認になったし、レポートのフィードバックをもらえることもあった。
ところが、中堅に差し掛かる頃、働き方改革の影響もあってか「全員が早く帰る」ことが至上命題になった。
下っ端は「他の雑用があるので」と主張し、レポートは上が書くことになった。
これ自体は僕は「やった人が書く」という理念に賛同だったので特段不満はなかった。
業務の分担にもなるし、悪いことではないはずだ。
ところが、1年もしないうちにその弊害が見えてきた。
まず、若手が予習をしなくなった。術中に言われた指示だけをやれば、後は何も考えなくて良いからだ。
今までは術後のレポートを正確に書かなくてはいけないから、手順の意味を理解する必要があった。
すなわちモチベである。
処置の目的が分からなければどうしても曖昧で不明瞭なレポートになってしまうからだ。
そしてそれには予習が必要だ。
術中に聞いてもいいが、手術中は1から10まで教えるほど暇ではない。
レポートの義務がなくなり、それらの必要性がなくなった。(本質的には無くなってないのだが)
"やるべき責務"は"怠惰"に置換されただけだった。
手技や処置が終わった後、残るのは中堅ばかりになった。
そして、現場からすぐ居なくなる若手への"教育"は静かにボルテージを下げていった。
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職場において、ある程度の「強制」が無ければ、生まれないモチベーションというものは多くある。
むしろ仕事ではそれが大半であろう。
ただ現代社会はその強制による負荷を許容しない。
もはやこの状況では「若手にモチベーションを与える支援」は成り立たないのである。
それに打って変わって、今台頭してきているものは"モチベーションをもって飛び込んできた若者に応える場"である。
すでにビジネスやSNSの世界ではそれが常識になっている。
現代では膨大な情報がありとあらゆる場所に氾濫している。
その一方で、ピュアで上質な情報にはコストや時間、関係性の構築を無くしては辿り着けない。
個人主義の時代となり社会全体や職場が責任を取る時代は終わった。
個人の権利がここまで台頭してきたのであるから、それが「フェア」と言うのもだろう。
そして医療機関について言えば、そもそも若者全員に手取り足取り十分な教育を施す余力自体がない。
患者の高齢化、インフレについていけない収益構造。保険診療は崩壊し始めている。
中堅だって滅びゆくシステムの中で自身の生き残り戦争を勝ち残らなくてはならない。
上司だって、自分の生活があるし、守るべき家族もいる。
職場で口を開けてモチベーションが降ってくるのを待つ若者に割くリソースなど皆無だ。
義理と人情、御恩と奉公が古くて煩わしいモノになった現代では、教育は極めて恣意的な行為へと変化した。
"歪な平等"によるボーナスステージは終わったのだ。
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「そんなこと言っていると、誰も医者にならなくなるぞ。俺だって医者になってやらんぞ。」
という特級呪物級の反論をかましてくる輩もいる。
そう言う輩にはそっと肩に手をあてて、こう言ってあげたい。
「もう、大丈夫なんだ」
たしかに人は足りてない。ハードな科は人材不足に悩んでいる。
ただ、欲しいのはモチベを他人に求める「他責くん」ではない。
モチベをよこせと叫ぶ時点で、すでに”人材”ではないのである。
熱心に勧誘されている「他責くん」もいるだろうが、その実は「数年使えれば上等」の雑用係としか見られていない。
そしてその雑用は、DXやAIなどテクノロジーが今まさに代替しようとしている。
いずれその役割は、雇用の枠ごと消滅する。
「そんな殺生な…」
と言う気持ちもわからなくはないが、これがトレードオフというものだ。
これが最も平等で自然な有り様なのだ。
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「若者へのモチベーション支援」めいたものが唯一効果を発揮するとすれば、それはスクリーニングとしての機能だろう。
形ばかりの「支援」という施しに対して、直感的に何かを感じ取り、自身で行動を始める者、彼らをピックアップする。
そして「支援」を享受し続ける者は終わることのないの迷路を彷徨い、気付いたものだけが上空に抜ける。
「口を開けて”モチベ”の餌を待つ集団」からひとり、またひとりと静かに姿を消して行くと言う世界線だ。
「モチベーションを与える支援」
こんなワードを見たら要注意だ。すでに選別は始まっている。
モチベなんてものは自身で勝手に作り出せ。
その先の世界では、戦いの火蓋はすでに切られている。
若手も中堅もない。
力と結果のみが問われる世界。
”真の平等”である厳しい世界が、僕らを待っている。
そこは「モチベーションが湧かない」なんて奴が来て良い場所ではないんだよ。
ここまで読んでくださってありがとうございます!!
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