『七人の侍』における傭兵契約の尊重性(2055文字)
名画として名高い映画『七人の侍』を高校生のころテレビの水曜ロードショーで観ました。
この映画からは多くの教訓や物事を成功に導くためのヒントを得たと思いますが、特に映画前半の最後のシーン(この後映画は中断され短い休憩に入るそうです。)は記憶に残っています。
そのシーンとは、侍たちが村の防衛方針を説明するところです。村を構成する農家はみな集中して存在しているわけではなく何軒かは離れた場所に建っています。その離れた農家までは守りきれないので防衛を放棄すると侍が言ったとき、その離れた農家の住民が「自分たちの家は自分たちで守る。」と村の防衛隊から離脱すると言い出し自分たちの家に行こうとします。
村の防衛組織が崩壊しそうになったそのとき、七人の侍のリーダーが抜刀して叫びます。
「この村は二十。離れ家は三軒だ。三軒のためにこの村を危うくはできん。また、この村を踏みにじられて離れ家が生き残る道はない。いいかよく聞け。戦(いくさ)とはそういうものだ。他人を守ってこそ己(おのれ)も守れる。己のことだけを考える奴は己おも滅ぼす者だ。今後そういう奴は」と言い刀を鞘(さや)に納めます(すなわち、「斬る」という意味です。)。
このリーダーの剣幕に村人はもちろん、他の侍たちも驚きを隠せません。
私は最初このシーンを、リーダーの侍の言葉通りに受け取っていました。映画上、もはや七人の侍がこの村を守ることは当然のなりゆきとなっていると考えていたので、「当然だろう。」と思ったのです。でも、侍たちにはそこまでこの村を守る利益がありません。雇い主が内部崩壊するなら「勝手にしろ。我々はそこまで面倒見きれない。」でいいはずです。なにしろ村が侍たちに出す報酬は「腹一杯飯を食わせるだけ。」であって、名誉や恩賞にはまったく縁のない仕事なのです。でもなにか釈然としない感じが残りました。侍たちは、リーダーの言動に動揺している様子ですが、納得もしているようです。結局、このシーンの理解は「後々研究する。」ことにしました。この名画を見る機会も映画の評論書などで読む機会もあると思ったのです。そしてその後十数年、日本人や外国人の評論や著作を読みこの映画のDVDも繰り返し観ましたが、やはり「これだ!」という答は見つかりませんでした。
もうあきらめかけた頃、ある評論を読んでいると「西洋では、殺し屋とある者の暗殺契約を結んだ場合、その殺し屋が契約を放棄して逃げるのと契約を守って暗殺を行うのとどちらが正しいかというと、暗殺を行う方が正しいとされている。」という一文を読み二つの意味で驚きました。
一つは暗殺という違法な行為をするということを「正しい」と評価する価値観で、もう一つはその「正さ」の価値観の基礎にあるのは「契約を守る」という契約遵守の考えにあるということでした。
そこでふと前記の『七人の侍』のシーンが甦(よみがえ)りました。
侍のリーダーのあの強烈な態度は、団結を乱す者を憎むという戦いを職業とする者の信念といったこともあるのでしょうが、基本的には侍と農村(というかその村を構成する農民たち)との傭兵契約の遵守義務という考えが根底にあるのではないかと思い至りました。
七人の侍はこの農村の傭兵です。そこには、口頭ではありますが傭兵契約が成立しています。さきの西洋人のセンスからすると契約は守られなければなりません。そして、契約を守るという行為は、契約当事者の誠実さを前提にしています(民法では、信義誠実の原則といいます。)。逆に言うと裏切りは許しません。
なお西洋人は、日本の契約書にある「問題が発生したときは、お互いに誠意をもって話し合う。」という条項を「理解できない。」と言います。「問題が発生したら、裁判だろ。」ということのようです。この点、お笑い芸人でもありビジネスマンでもある厚切りジェイソンさんの見解を聞いてみたいところです。
『七人の侍』は戦国時代の物語とされていますので、ここに契約の概念が入り込むのはおかしい感じがしますが、黒澤明も他の脚本家も既に東宝争議((とうほうそうぎ)は、昭和21年から昭和23年にかけて映画会社東宝で発生した労働争議で、当時は大事件だったようです。なお、『七人の侍』は昭和29年公開です。)を経験しており、それまでいい加減な口約束で仕事をしていたことの反省から、脚本に契約を重視する要素を入れたのではないかと推測しました。
この辺は、歴史に沿ったリアリズムとは言えませんが、映画の登場人物は誰も「契約」とは言っていないので、観客に契約遵守義務を想起させるよう誘導している脚本の強い力を褒めるべきだと思います(仮に私の推測が正しいとすればですが。)。
このせいか、大学で法律書を読むとき、特に民法の債権各論を読むとき、思わず体の血が熱くなるような錯覚に襲われました。あんまり頻繁なので、自分では「病気ではないか」と心配になりました。