『連続自殺事件』を語る
『連続自殺事件』(ジョン・ディクスン・カー著 創元推理文庫)は、かつて『連続殺人事件』という題名でしたが、改題されたようです。この本も今は手元になく、記憶だけで語っていきたいと思います。
私は、現在は断酒していますが、以前は「酔えればいい」と思って酒を飲んでいました。だから、高級な酒に有り難みを感じるというわけではありませんでしたし、かといって特に安酒を選んで飲んでいたということもありませんでした。小遣いに余裕がある時は2000円代のバーボンウイスキーを、小遣いに余裕がないときはカップ入りの焼酎を飲んでいました。
同僚や先輩には、「日本酒は〇〇酒に限る。」とか「△△ウイスキーはうま味調味料が入っているから本物じゃない。」とか言う人がいますが、聞いている私は「そういう舌自慢はしないほうが無難。」と思っているので決して同調しませんでした。私は、「味覚は嗅覚より鈍感」と考えているので、そういう自分の舌を自慢する人を「五感の鈍い人」と思っています。
ところで、このミステリではカーの常連探偵のフェル博士が活躍します。この事件の舞台はスコットランドで、そこへ行く夜行列車の食堂車の中でフェル博士は二つ名言を吐きます。
一つ目は「わしはワインにはこだわらんよ。ラベルにラインと書いてありさえすればいいんだ。」
二つ目は「グラスに黒ビールを注ぎ、次に赤ワインを注ぎ、最後にビールを注ぐ。これがうまい飲み方なんじゃ。」
これらは、記憶で書いているので正確な引用ではありませんが、内容はこのとおりでした。
これらの台詞は、イギリスを取り囲む諸外国に対する一種の挑戦です。
まず、ワインの銘柄を気にしないというのは、フランス、ドイツ、イタリア、スペインなどが気を悪くするでしょう。
次に、黒ビール、ワイン、ビールのカクテルについては、アイルランド、フランス、イタリア、ドイツ、スペインがカチンとくるでしょう。
しかも、イングランド自体も黒ビールの産地です。
私は、上記の通り酒の銘柄や価格についてこだわりがありませんでしたので、このフェル博士の台詞がとても気に入りました。私は以前から、毎年秋頃に輸入され大々的に販売されるワインについて「できたてのワインって、そんなに有り難がって飲むものなんだろうか。熟成はこれからって品物なんだから、味はまだ若いだろうに。」と思っていたので、ファル博士の見解(ワインの知識は信用しない。味は自分の舌で判断する。)は私の独自解釈の大きな後ろ盾になりました。
この『連続自殺事件』という題名は原題に忠実な訳ということですが、そこは矛盾があると思っています。自殺は事件ではありません。強いられた自殺ならば、殺人罪が成立する可能性があると思いますが、純粋に連続した自殺というのであれば、『連続自殺の怪』などと題名をつけるべきと思います。
あと、この物語で大好きなキャラクターとして、エルスパッド・キャンベルばあさんがいます。このミステリには、犯人は別にして好人物ばかりが登場しますが、エルスパッドはその中でもとびきり好人物のように思えます。はじめのうちは、ガミガミ婆さんって感じでしたが、この人の人生を短く描写する場面があり、それを読んだらこの婆さんを受け入れざるを得なくなりました。そして、この信心深い人を大好きになりました。
関係ない話ですが、親類が亡くなったとき、その遺体を一晩その家の仏間に安置したのですが、その夜親類一同が意外に多く集まってきたため、泊まる部屋が不足しました。そこで、私は遺体のある仏間で一晩寝ることになりました。
私は故人の恨みを買うようなことは一切していないので、何の躊躇もなく「じゃ、仏間に寝る。」と言いました。
ただ、仏間が狭く布団が部屋からはみ出るので、ドアは開けっ放しにしておきました。
その夜、もう思い出せまんが、とにかく恐ろしい夢をみました。悪夢ってのはああいう夢をいうのでしょう。
そして、朝、「ああ、怖かった。」と思いながらも「そうえいば、タオルが首にまきついたまま寝ていたとき、似たようなストーリー性のない怖い夢をみたっけ。」ということに気がつきました。
そこからが推理です。
遺体の側には防腐処理としてドライアイスがいくつも置かれていました。
するとそのドライアイスから二酸化炭素が気体となり、仏間に充満していたはずです。遺体が運び込まれてからずっと。
二酸化炭素は、猛毒ってわけではありませんが、ある程度以上を吸引すると体になんらかの変調が起こります。
私の悪夢の原因は、この二酸化炭素だというのが推理の結論です。
そして、「仏間のドアを開けておいてよかった。運が悪ければ、もう一つ遺体がでるかもしれなかった。」とちょっとざわっとしました。
以上