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まちの本屋

 本は本屋で買うというのは、もう昔話になってしまったのだろうか?野菜は八百屋、魚は鮮魚店、肉は精肉店で買ったのは、遠い昔のことで、そういった個人商店はすっかり姿を消している。本屋も同じ運命を辿たどりつつある。

 中学生から社会人になるまで住んだ郊外の町には、学校が多く、新刊書を扱う本屋が3軒に加え、古本屋も2軒あった。

 本屋は、街の人口にしては大きめで、ガラスをめ込んだ木の引き戸に雨戸を何枚も閉める古い店構えだが、大学と大学院があったせいか、教養書など単行本が充実していた。学校帰りの生徒や学生が漫画を立ち読みするので、その数が増えてくると、髪の毛が薄くなった店主が、、ハタキを持って、「ちょっと失礼よ」と言いながら、人の間を縫うように、読んでいる人の上から遠慮なく本にハタキをかけていた。

 一時いっとき、有名な大手書店が都心から進出してくるという噂がもち上がり、あの店主に追い出されなくて助かると「期待」が高まったが、出店したのは同じ名前の高級スーパーで、がっかりした。その後古い書店はビルに改装し、すっかり大きくなった。

お世話になった「古本屋」?

 駅と自宅の中間にある古本屋のT書店は、よく利用した。

 間口2間(3.6m)、4畳半ほどの古い木造建ての店は、天井まで届く4列の書棚から、通路、店先の書台まで、隙間という隙間を埋めるように、びっしり本が積み上げられてあった。店の奥には、小さな机のような帳場の奥に置いた椅子に、店主がこごむように腰掛け、客が来るとチラリと一瞬目を上げ、また手元の本の値付けに戻るという、古本屋独特の風情を出していた。

 古本屋は、本の選定に見識があるかないかでその価値が決まると思う。T書店は、陳列してある本に見識を感じさせた。どんな本が入荷しているか、駅の往復で時間があれば立ち寄った。本を探す以外でも「利用」することになった。

 高値が付きそうなそうな本だけを選んで風呂敷に包んで行くと、「いくら要るの?」「5千円」と言う短い会話で、ことは済んだ。店主は風呂敷包みを開けもせず、台の上の箱から千円札を5枚出して、帳場の台に並べた。風呂敷はそのまま、木綿のカーテンを開けて奥の部屋に置く。狭い部屋には、値付けを待つ古本が山のように積まれているのが見えた。

 その日は、駅裏のガード下の居酒屋に直行した。飲んでいると、古本屋の店主が入ってきた。大変ばつの悪い思いがしたが、店主は私の前の席に「空いてる?」と聞いて、腰を落ち着けてしまう。何を話したか忘れたが、勘定を払う段になると、店主が「今日はいいよ。しまっておきなさい」

 気が引けて、しばらくT書店から足が遠のいた。ある日意を決し、5千円を持って再訪すると、「出世払いでよかったのに」と言って、結びも解いていない風呂敷包みをそのまま返してくれた。「あの店は時々行くんだ。また飲みたくなったらおいで」と言ってくれた。

 お金がなくなると本を持ってまた通うことになったが、さすがに地元で飲むときの店は変えるようにした。

めっきり減った街の本屋さん


  今住んでいる町には、小さい本屋が一軒ある。K書店。元々は、駅前の街道沿いの、八百屋・魚屋・肉屋が入る小さな地元スーパーの隣にあった。宅地開発で駅の反対側で人口が急増し、大手スーパーが進出し、地元スーパーがすたれて駐車場になるのを機に移転してきた。

 K書店は、小中学校の教科書取次でなんとか生き延びてきたようだ。間口2間で、かつて親しんだT古書店くらいの大きさだが、置いてある「本」は多分10分の1にも満たない。平日も休日も、客はほとんど見かけない。

 店の引き戸を開けると、奥に座った女性店主が、立ち上がって一礼する。置いてある本は本当に僅かだが、その選定に、ある種の「見識」を感じ取って聞くと、店主自身が読んだことのある本を中心に置いていると言う。

 私は、地元でかろうじて生き延びているような、K書店に頑張ってもらいたいという思いを強くした。

 実は、正確に言うと、他にチェーンの本屋と古本屋が1軒づつあり、こちらの方が、流行っている。

 チェーンの古本屋は、買取は文庫だと1冊5円・10円の「量り売り」のような価格設定。売値は、一昔前までは100円・200円均一コーナーで「人気」が出たが、最近は新刊で700円の文庫が400円~500円とネットで調べた「相場価格」を反映して高騰、均一価格コーナーはほぼ姿を消した。

 チェーンの本屋は、コミック中心で、単行本はほとんど置いていないに等しい。

 通販の席巻せっけんで、品物は実店舗で見て、買うのは通販というのが、近年の流れのようだ。

 先日、ある小説の文庫本が、チェーンの書店で748円、チェーンの古本屋で440円で売っていた。どちらもすぐ手に入ったが、私は、あえて、この1軒の小さい本屋に注文した。シリーズ物で価格は若干異なるが、5冊注文した。くだんの本屋さんは、取次店経由で注文を出したようだが、取り寄せに2週間近くかかった。

 野菜も魚も肉も、個人商店は大手スーパーの進出でバタバタと潰れ、本もチェーン店や通販に押されて続々廃業に追い込まれた。

 最近は大手スーパーの撤退が度々報道されているし、チェーンの本屋も、文房具屋キャラクターグッズなどの併売に多角化している。その後に来るのは、もう通販しかないのかと思うと、寂しさと同時に末恐ろしさも感じてしまう。

(了)

 



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