空気階段が救った命
予め書いておきますが、鬱病のリアルな内容を含むので嫌な方は避けてください。
あの夏、もういつだろう、記憶があまりない。
ただその頃わたしは双極性障害と診断されていた。
いわゆる躁鬱というやつだ。
なった理由は明白で、自分が就職に失敗して、引いた会社も見事ブラックだったから。
毎日毎日就職活動にもっと励めばよかったことを悔やんで、同期全員と何時間も怒られる。
日々の生活がとにかくしんどくて、必死にしがみつくことしかできなかった。
ある時、会社で倒れてしまった。
心労だったんだと思う。
体調管理ができてないととにかく怒られた。心配の言葉よりもまず先に説教だった。
この時に心の中の何かのネジが外れて、自分の存在が要らないと感じた。
そのまま会社を辞めて、引きこもりのニートになった。
そこからの生活はひどかった。
人間こんなに生活が一変するんだと思うくらいに最悪になった。
酒浸りで、タバコも吸うようになって、リストカットは日常茶飯事。
毎日わけがわからないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
度数の高いお酒を飲んだ時だけ気分が良くて、このまま死んじゃおーっ!と思った。
家にあった薬を全部集めて、軽く100錠以上はあったと思うが、全部飲んだ。
気付けば病院。
助かったことに親は涙ぐんでいたけど、なんで悲しんでいるのかすら当時は分からなかった。
そんなクソみたいな日常を過ごしていたある日、全く眠れなかった。
なんとなくラジオでも聴いてみるかと思った。
この頃はラジオなんか全く聴かないのに、不思議な選択をとったものだと今では思う。
たまたま流れてきたのは「空気階段の踊り場」という番組だった。
なんか空気階段ってタモリ倶楽部で見たことあるなくらいの興味だった。
初めは適当に聴いていたが、とにかくおもしろいのだ。
その日は「サラリーマンじゃない人川柳」というコーナーをやっていた。
もうそれがひどい内容ばかりなのだ。
借金が1000万以上だとか、うがいをしたら歯が抜けたとか、もう言い返すことのできない身分になったとか。
どんな生活を送ればそんなことになるのかということばかり。
それを空気階段(その時はゲストで岡野陽一さんも来ていた)はただゲラゲラと笑っている。
その人達の生活を可哀想だと言わず、ただ本当に楽しそうに「わかる〜!」といった感じで。
わたしはただ病気になっただけで仕事はないけど、借金なんてないし、歯だってある。
嫌なことがあったら存分に言い返す!
なんだか自分の悩みが初めてちっぽけに思えて、ゲラゲラと笑いながら、ぐちゃぐちゃに泣いた。
そこからかもしれない。
人生ひどい生活してるヤツがたくさんいるんだ!と思えるようになったのは。
見下すわけではなくて、借金があろうが歯が無かろうが頑張って生きてる人もいるんだ!と前向きに思えるようになった。
死にたいからどうでもいいと拒んできた鬱の治療にもちゃんと取り組もうと決めた。
わたしはオーバードーズをしたりしていたので、完全に自業自得だがガッツリとクスリを抜く作業が必要だった。
処方箋ではあるが、当時の自分は向精神薬や睡眠導入剤で完全なシャブ漬け状態になっていたのだ。
その治療は思い出したくないほどにキツくて数えきれないほど発狂した。
もう死んだほうが楽だと思って、何回も逃げ出そうと思った。
だけど、日本のどこかにはサイアクな生活を送っている空気階段のラジオのリスナーがいるから。
その人達を自分だけ裏切るわけにはいかない。
もちろん自分が真人間に戻りたい気持ちもあったにせよ。
毎週の空気階段の踊り場を聴いて笑って、大丈夫いける頑張れると自分に言い聞かせた。
過酷な鬱の治療の末、双極性障害からとりあえずただの鬱病にランクダウン。
アルバイト程度だが働いてもいいくらいには元気になった。
そんな頃、もうすっかり虜になっている空気階段がキングオブコントで優勝した。
あの時、空気階段に出会っていなければこの喜びを感じることはできなかったし、何よりきっとここまで回復できた自分もいなかった。
勝手に空気階段と自分の人生を重ねて、とにかく涙が止まらなかった。
こんなに嬉しいことがあるなんて。
あんなに死にたかったのに、生きているとこんなにも素晴らしいことがあるんだと未来が拓けたような気がした。
数年経ち、空気階段はすっかり売れっ子の芸人になり、テレビでもたくさん見かけるようになった。
ラジオも夜中3時とかいう深夜ではなく、夜12時からとそこそこ聞きやすい時間になった。
わたしも今では完治こそしてはいないものの、全ての自傷行為から卒業して、仙台の片田舎で働きのんびりと生活している。
そんな空気階段が、先日彼らが大切にしている単独ライブでわたしの地元である仙台にやってきた。
仙台で単独ライブをしてくれることが夢みたいだったし、何より自分が回復したから観に行けた。
ずっと笑いっぱなしで最高の一言に尽きるようなライブだった。
あの日なんとなくの選択だったかもしれないけれど、ラジオを聴いてみようと思わなかったら、自分はまだ廃人をしているか、ひょっとしたら死んでいたかもしれない。
空気階段の2人がわたしの人生を大きく変えて、救ってくれた。
もう感謝とかいう陳腐な言葉では言い表せない。
わたしの今の目標は、鬱を完治させることだ。
あの時決めた鬱を絶対治すという目標はまだ達成されてないから。
まだ具合が悪い日もあるし、気持ちが沈んでしまう日もある。それでもやり遂げてみせる。
きっと空気階段というわたしのヒーローがいる限り、大丈夫。
人生頑張ることが多すぎる。
それでも頑張って生きていきたい。
あの運命の出会いは、絶対に間違っていないから。