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ドイツの小学校の保護者会のあーだこーだ。その2
アンネフランクをやっていると聞いたんですが
私は斜め後ろをチラリと見た。高くてしっかりした鼻にメガネがのっかている。エリアス君のお母さんだ。エリアス君のはうちの子、トラ雄と仲良くしているので、誕生会にも招いた。イケメンなのだけど、中身は3枚目で意外と面白い子だった。
お母さんは、ちょっと変わった人、という印象を持っている。普通、ドイツ人の母親とチャットをすると、絵文字を使いつつ楽しげに、丁寧に書いてくれるのだが、エリアスのお母さんだけ、外国人なの?と疑ってしまうぐらい返事が質素だったのだ。つまり一言 Ja (ドイツ語のYes)だけとか。日本語なら「はい」だけを送るのはよっぽど相手をしたくない時だけだろう。
「第二次世界大戦のナチを扱うなら、事前に言って欲しかったです。これは小学校の学習指導要領にのっとってやっているんですか?
ビデオも見たそうじゃないですか。しかもポーランド側からの視点の。9歳の子にはまだ早すぎると思います。うちで突然質問されてびっくりしました。なんて答えていいか。」
意外だった。
てか、ポーランド側からの視点ってどう違うの?
ドイツは戦後の歴史に対する取り組み方では、日本のお手本にあたる存在だと思っていた。そしてドイツ人はみんなそこに同じ意見なんだと思っていた。
小学四年生でベルリンについて学び、そこで第二次世界大戦、ナチの強制収容所について学ぶなんて立派なことじゃないか。それに反対する親がいるとは思わなかった。
そう言えばウチの子、トラ雄も私に質問してきたな。
「お母さん、またナチの強制収容所みたいなこと、また起こると思う?」
私はしばし考えた。
「今の時代は核兵器を持っている国で牽制し合っているから、そんな一つの国が他の国々をどんどん支配するようなことはないだろうし、非人道的なことをしないように見張る国際機関もあるから、起きないと思う」
トラ雄は「ふーん」と言い、口の中で噛み砕いている最中のような顔をした。
答えている最中で、ロシアに攻められたウクライナを思い、シリアで明るみになった死の収容所を思い出した。私は自分の答えに少し自信がなくなった。
でも親子で歴史について話すことは新鮮だった。いつもだったら、サッカーで勝ったとか、テストはよくできた、などという話しかしない。
先生はエリアスのお母さんに「それで、お子さんはどんな質問をされたんですか」と聞いた。お母さんが答えると、先生は間髪入れずに「いい質問じゃないですか。ぜひ話し合ってください」と言った。
そこにスッと手を上げた人がいた。横にも縦にも大きいその人は、トラ雄の恋人、マルガリータのお母さんだった。マルガリータのお父さんはアフリカ人だ。
「うちの子は私に聞いたんです!私は強制収容所に入れられなきゃならなかったの?って。私は本当に胸が張り裂けそうになりましたよ!」
マルガリータのお母さんは先生を黙らせるだけでなく、保護者全員を黙らせた。彼女は一人、舞台に立ったように、とうとうと語り出した。
アフリカ人の子供は肌が黒いことで差別される。マルガリータのお兄ちゃんが小学校からそのせいでいじめられる。マルガリータは賢いから、いろんな話を聞いて、自分の肌の色のせいで差別を受けることがあるかもしれない事を分かっている云々。
先生は口を開いた。
「少なくとも20年以上教師をしていて、小学校で肌の色のせいでいじめがあったことは見たことがありません。あったとすれば、それは個人の個性によってであると思います」
正論だと思ったが、先生はマルガリータのお兄ちゃんを軽くディスってしまい、マルガリータ母ちゃんに油を注いでしまったような気がした。母ちゃんは続けて、外国人は差別されるという話をし、「もうこれは以上いいわ」と自分で話を締めくくり、スルッと話を終わらせた。
後味は最高に悪い。
Ausländer アオスレンダー
外国人という言葉の響きは何かしら胸に刺さってしまうものがある。
私は一人コートを着た。
次に保護者が店を出す夏祭りの話題になったが、先生が教室を出て誰かに何かを聞きに行ったタイミングで外に出た。
他の保護者にさよならも言わずに。
廊下の先にいた先生は
「来てくださってありがとうございました」
と丁寧に声をかけてくれた。私は全く日本人らしく会釈をして、階段をかけ降りた。
外の冷たさが気持ちよかった。
生きていれば、差別も不当な扱いをされることもあるだろう。
つまるところ、親が子供にしてあげらることは、限られている。
だから大事なのはレジリエンス。
困難を乗り越え、回復する力。もちろん自分でだ。
自分の子供は大丈夫かとか、考えても仕方ない。
とりあえずテレビから引き離して、十分寝てもらうしかないのだ。
ダーーーーーーッシュ!